フリット♀(39歳)・ウルフ(23歳)・フレデリック(23歳)。

アセムとユノアの父親が不明。

フリット←フレデリックの要素あり。

スカトロ(小)表現ありにつき要注意。

18歳未満の方は目が潰れます。






























◆Seine Liebe◆










時刻を知らせる音にフリットは瞬き、音を発しているハロがベッド下でころころと転がっている様を見止めて寝息を呼吸に変えた。

顔を洗って髪を結うのがいつもの流れだが、今日は最初にシャワーを浴びたい。掛け布団であるデュヴェイを捲った姿は一途纏わぬものであったが、状況が状況であったがために必然的なことだった。肌寒さや心許なさはあれど、気負いはない。フリットはシャワーを借りようとベッドから片足を下ろした。しかし、触れてくる腕に行動を制限される。

そっと振り返り、宥めるように相手の肌に触れ返した。掴むのではなく、撫でるように。
自分の子供達はこれで察してくれるのでそのようにしたのだが、我が子ではない男には通用しなかったようで、完全に後ろから抱き込まれる。

「離してくれないか」
「んー」

生返事なのはまだ覚醒しきっていないからだろう。自分が身動きしたせいで起こしてしまったのだ。そのことに気付いてフリットは少しだけならいいかと肩を落とし、ウルフの好きにさせる。
ウルフもフリットも何も身に着けていないため、素肌と素肌が触れ合うだけで体温の上昇が早い。

事後の戯れとはこういうものなのかと、フリットは肌ではないものが熱を持つ感覚を味わう。髪を横に流され、顕わになった項にざらつきのある舌が這う。不快感はなく、むしろ安心感を抱いている自身にフリットは不思議を得る。

男の銀髪が肌を撫でてくるくすぐったさにも解されてしまっていることは、ほとほと困りものであった。再びハロが足下で時刻を繰り返し始めるまで立場を忘れてしまっていたからだ。
執務のみならば遅れた分を急くことも出来るが、今日だけは駄目だ。各委員会の合議があるために。

「ウルフ、いい加減にしろ」

咎める口調でも優しく言うのでもなく、淡泊にそう口にした。相手に言い聞かせる意味でもあるし、自身を切り替える意味でもある。
抱き込んでいる腕を無理のない力で剥がし、やっとベッドから降りようとしたフリットであったが、強い力でシーツの上に引き戻された。
自分が下でウルフが上という構図にフリットは咎めの視線を向ける。

「聞き分けのない男だな」

多忙な責務があるフリットが急いているのはウルフも充分承知であるし、彼もまた軍務のシフト関係上身支度を済ませなければいけない時刻だ。
しかし、それよりも急用が入った。

「その評価は認めるから、これをどうにかしてぇな」

ウルフが視線を向けた先にフリットもそれに視線を合わせる。勃ち上がっているそれに呆れ半分でウルフの顔に視線を戻す。
半目を向けられたウルフは若いから致し方のないことだと告げ、余計にフリットを呆れさせる。

「無防備だったお前のせいだろ」

先程触らせたのがいけないのだと言われ、些かお門違いにも関わらず、フリットは自分のせいかもしれないと思考し始めてしまう。

「なら、口でしてやるから」

少し悩んだ末にそう決断し、身を起こそうとしたフリットをウルフはシーツに戻す。
口が嫌なら胸で挟めばいいのかと改めて言えば、ウルフはじっと固まった。考えているのだと分かるそれにフリットは応えを待つ。

しかし、言葉での返答はなく、ウルフはフリットの谷間に顔を寄せた。
此方の胸に顔を埋めるウルフに対し、フリットはまたかと習慣になってきているそのウルフの行動の一つを思う。

「そんなに好きか」
「おっぱい?」
「……おっぱい」

口にすることに抵抗に似たものがあったが、ウルフの言葉を復唱して頷く。何がそんなに良いのかは分からないが、気に入っていると相手から伝わってくるから、こそばゆい気持ちがあった。
胸の丸みを五指が掴んでこねてくるのにフリットは口を閉ざしたまま甘味の声を喉で籠もらせる。

「ふわふわで気持ちいい」

感触の感想を告げるウルフにフリットは瞬く。誰かの胸を揉んだことなどないフリットに比較対象がないのは当たり前だ。

「そう、か?」

ただ、そう言われるのは悪い気がしなくて、フリットは胸への愛撫を赦していた。そのうちそこに挟まれるのだろうと朧気に思っていたからではあるが、胸の色づきを唇で食んだまま、ウルフの手が下に伸ばされていた。

「待てッ、ウルフ」
「お前のなかでイきたい」
「それは散々、」

眠りにつく前までやっただろうとフリットはウルフの肩を押し返すが、直ぐに力が入らなくなる。

「まだ濡れたままだな」

ウルフが言う通り、彼の指が抜き差しされるフリットのそこは余韻抜けきらず濡れた音で耳朶を震わせる。

「もう時間が」
「大人しくしてたら直ぐ済ませてやるって」

信用ならない気持ちがあったが、自分も息が上がってきており熱を冷ましてしまいたくもある。

「本当だな」

だから、赦したというのに。







いつの間にか俯せで腰を浮かせる姿勢で後ろから突かれる体位で行為を続けていた。
これでイったら解放させてもらうと固く約束させたが、先程絶頂を迎えたときに終わらせれば良かったとフリットは後悔した。ウルフの同僚が部屋まで彼の遅刻を注意しに来てしまったのだ。
白いデュヴェイを掛けたままで素肌を殆ど隠しているとはいえ、外から見たら何をしているかぐらいは容易に知れる。

視界に入った状況に彼らは焦っていたようだが驚いている様子はなく、茶化すような謝罪をして出て行った。
その後で口を塞いでいた手が口元から退けられる。

「見られると感じるか?」
「ゃ――ン、ン」

他の誰かに嬌声を聞かせたくないと口を塞いできたくせに、そんなことを訊くウルフにフリットは恨みがましくなるも、事実に首を横に振る。
果てた後も自らの痴態の浅ましさにシーツからなかなか顔を離さずにいれば、ウルフは扉前の同僚をあしらってくると着替えて外に向かってしまった。

彼の同僚らが軍務に向かわず、扉前で待機しているという前提がウルフの中にあるということは、しばしばこういうことがあったのだろう。
あしらってくるのは、司令官が下士官の部屋から出てきたと噂を広めないためか。

色々と鑑みたフリットはシーツから起き上がり、身なりだけそれなりになっていればいいとリボンを手に取った。







性交真っ最中を同僚や部下に目撃されるのはウルフにとってさして珍しいことではなかった。レーサー時代にもそれでお偉いさんに怒られたこともあるが、仲間内の間では男として箔が付くだけだ。
ただ、今回ばかりは勝手が違う。自分とフリットのことで噂がそこそこ広まっているのは知っている。臨むところだと言いたいが、司令官という立場が思っていた以上にやっかいだということにようやく気付いていた。
階級というものが、こんなにも身分違いのような扱いを受けるとは思っていなかったのだ。そのせいでフリットの立場が危うくなることをウルフは望んでいない。

今日の女は何処の所属だ、何カップだのと矢継ぎ早に問い質してくる彼らに以前だったなら余裕綽々な態度で相手していたが、こんなにも面倒なものだったかと改める。
いつもならはっきりと答えるのに、常と違うウルフに気付いた一人がまさかという顔をしたのにウルフは適当に誤魔化すしかないと口を開いたが、不意に背を預けていた扉が開いて彼の身体が傾く。しかし、背をそっと支えられ戻される。

「扉にもたれ掛かるな。危ないだろ」

注意をするというより、当たり前のことを平然と述べる口振りのフリットの登場にウルフは目を瞠る。彼の同僚達もまた、身を強張らせたりと驚きを隠しきれない。
何気なく出てきたフリットも周囲の反応に居心地が悪くなり、見誤ったかもしれないと視線を逸らす。

そんな珍妙な間も見た目が脳天気な球体が飛び込んでくれば、緩むほかないもので。一斉に全ての視線が飛び跳ねるハロに集中して皆が顔を上下に振る。

「昨日から気になってたんだが、これなんだ……」

指さして問うてくるウルフはハロという球体でフリットが何かしているのを目にしていたが、彼女の手が離れると好き勝手に飛び跳ね転がり、たまに簡単な言葉を喋るそれの存在意義が掴めていなかった。

「ハロだ」

自分の方に飛んできたハロをボールのように腕の中に収めたフリットはありのままを答えたが、納得仕切れていないウルフにそういうことではなかったらしいと言葉を続ける。

「三十年近く前に私が作ったものだ。AGEシステム用のオリジナルだから手放せなくてな」

故障しないようにこまめにクリーンナップもしているし、パーツも新しくしてきた。自分のような歳でこんなペットロボットじみたものを愛用しているのは変に映るのは分かっているが、手放せない理由は先に述べた以外にもあるのだ。

『遅刻!遅刻!』

警告して腕から離れ、通路を転がっていくハロにフリットももう行かなければと思う。だが、一つだけ。
横のウルフに向き合うと同じ瞬間で、身を寄せ。相手の後れ毛を指で絡み掴み、自身の踵を上げた。
静まりかえる空気に動じることなく、フリットはウルフとの口付けを食む。

踵を下ろし、少し離した距離で。

「意外と隙が多いな」

それだけ言ってしまうと、フリットは直ぐさま背を向けてしまう。ウルフだけは気付いていた。後ろを向いたフリットが初(うぶ)な少女さながらに赤面しているだろうことを。

「あまり怠惰がすぎるようなことはないように気を付けろ」

自分を棚に上げているかもしれないが、彼らが仕事を疎かにしているのは事実だ。持ち場に戻れと司令官として告げ、フリットは先を行くハロを追いかけるように歩き去っていく。

彼女の姿が見えなくなったところで、同僚らが緊張していた肩を下げ、それぞれが目配せするとウルフの腕や肩を捉えて引き摺っていく。
口々にどういうことか説明しろとワンワン吠え始めるが、置かれた状況について一番訊きたいのは俺の方だとウルフは彼らの腕を払い捨てる。
けれど、それは鬱陶しさからの行動ではなかった。







通路を転がっていたハロは作り主が足を止めたことで自身もその場に留まり身を揺らす。それに目を止めた後でフリットは火照りの残る顔をガラス張りの壁に向ける。
宇宙の暗さと光が見える向こうがあるが、フリットが視界に留めたのは毅然な表情に戻れていない透明に映り込む自分自身だった。

冷まさないといけない。壁に額を押しつけたフリットは目を閉じて冷たさに一息吐く。
熱を持った息を吹き付けられたガラスが雲のような白を描き、消えた。

ああするのがウルフにとって良かったわけではないだろう。彼の意思を無下にしてしまったと気後れはある。今になって行動に対して気持ちが追いついてきていた。
どちらも立場が危うくなるという考えが浮かぶが、それよりも唇に得た感触の熱さに対するものの方が強かった。

自分にあんな行動が取れたとは、苦笑が漏れる。取らせたのは白い狼であることは確かで、それほどまでにフリットにとって手放したくない人になっていた。
その言い訳が欲しかったのかもしれない。そのようにフリットは自分の行動を振り返る。自分はあの男の自室に連れ込まれたわけではないのだと、あれで示したのだ。

『ウルフ!ウルフ!』

びくりと肩を跳ねさせたフリットは自分以外の気配が無いことに安堵しつつも、微妙な顔でハロに視線を落とす。
自己AIが搭載されているハロは九官鳥のように繰り返し聞かされる挨拶や人名を記憶してしまうことがある。予め入力していない言葉でも。だから、そんなに「ウルフ」と自分が口にしていただろうかと胸が痒くなるような気持ちが姿を現した。

冷ましたはずの火照りが再び戻ってきて、フリットは恥ずかしさと苦さがない交ぜになる。
ハロに何か言おうとしたが、意味がない上にみっともないだけだとフリットは壁に背を預けて腕を組んだ。視線を横に流して落ち着く時間を得る。

「どうにかしないとな」

立場が危うくなるのを食い止める。上手く立ち回る術を巡らし、フリットはハロの時刻を急かすアラーム音に促されるように通路を再び進み始めた。

これは自分のためなのか、あの男のためなのか。フリットにはまだ分からないままだったが、耳まで赤くなるほどのむず痒さに彼女は身を寄せていた。












自室にフリットを連れ込んだ件に関しての聞き取りにはひとまずの沈黙へと持ち込み、格納庫で同僚と言葉を交わしていたウルフは予感めいたものに髪をピンと揺らした。
その感覚に従って其方に首を巡らせ、ばったりと目が合うと彼女の方から急いだ様子で間合いを詰められる。

「お前、ガンダムのデータを持ち出したのか!?」

心当たりを突かれてウルフは頷く。彼にとっては罪の意識がないことであり、血相を変えたフリットの様子に首を傾げているくらいだ。

「気に入ったから格好良くしてもらってきた」

親指で指された方向にフリットは顔ごと視線を動かしてウルフの機体を見上げた。
彼専用のモビルスーツはジェノアスカスタムだったはずだ。それが別の姿になっていた。素体はシャルドールであることはフリットからしたら一目瞭然だったが、改造されたそれはガンダムと酷似した印象を受ける。

半信半疑だったものの答えを目の当たりにして、フリットは一気に上昇した熱が急激に冷える感覚を身の内に味わった。
どうしてと、怒りが痛みに変わっていく。

「どうして、そんなことをした」
「格好良いなってあの時言っただろ」
「そういうことではない!」

声を荒らげたフリットの声に周囲の気付きが増え、視線が先程よりも増える。ただでさえ、司令官がいるということだけで人の意識は変わるのだ。格納庫の外に連れ出すべきかとウルフが動き出そうとした時。

「私は、ウルフなら大丈夫だと機密に触れるものを……」

見せてもいいと。向こう見ずに持ち出すようなことをしないと信じていた。それなのに、ウルフはデータを持ち出し、更にはモビルスーツのカスタマイズまでしていた。それを会議中に本人ではなく別の者から指摘され、急いで事実確認に来てみれば。
信頼を反故(ほご)にする行いに傷心が染みになり、フリットの視界が滲む。

怒鳴った後に弱った呟きを零したフリットの目尻に雫が浮かんでいたのは見間違いではないはずだが、彼女は既に背を向けてしまっていた。

「フリット、気に障ることしちまったなら」
「二度と私に話し掛けるな!」

怒らせてしまったということだけははっきり理解したウルフはフリットの肩に手をやり、話し合う余地を持とうとした。けれど、フリットはその手を振り払い、彼の言葉を遮るようにウルフの顔を見ずに拒否を言い放つ。
取り合うことを拒絶され、ウルフが言葉を失っている間にフリットは格納庫から立ち去ってしまった。

「やらかしたな、お前」
「そんなに怒らせるようなことしたか?」

納得がいっていないウルフに同僚の男は恐れ多く思いながらもフリットに同情を向ける。ついさっき、ウルフの部屋から彼女が姿を現したこと。更には目の前で交わされたものに驚いたことが遠い日のように思われた。

「司令は自尊心強いタイプだろうしな」

そんなことは言われなくてもウルフとて知っている。かなり筋金入りだということも。
しかし、それを傷つけるようなことだっただろうかと、ウルフは苦い顔を同僚にあまり見られないようにしながら愛機になって間もないGエグゼスを振り返る。
好きになったやつの好きなものを好きになることが悪いことだろうか。

けれど、話し掛けるなと言ったフリットの声音が頭から離れず、ウルフは奥歯を噛む。
顔を背けているウルフの様子に同僚の男は自分の肩を叩きながら独り言を言う。

「自分のこと好きなやつより嫌いなやつの方が多いよな、世の中そんなもんだ」

客観的な意見として、ウルフは該当しないだろうとは思っている。案の定、ウルフは聞く耳を持っていなかったが、耳に入っていないわけでもあるまい。
概論としては把握している。そういうことだ。

彼の言いたいことは分かる。だが、見当違いだなとウルフは同僚の言葉に返事は返さずに切り捨てた。自分に絶対の信頼と自信があるからと自尊心を得ても、好き嫌いの分別基準になるわけではない。

概算の域は出ないが、フリットは好き嫌いを口に出来るような生き方をしてこなかったのではないかと思う。感情の揺れが発生する前に決断してしまう。そういう節は何度か目の当たりにしていたし、先程の拒絶もそうだ。
もう嫌だとかの感情の結論をすっ飛ばして勝手に決め込んでは、自身に言い聞かせるように。

一方的なフリットの態度に自分も少なからず頭に血が上っていた。冷静になれば司令官としての立場が此方のせいで傾き始めていたことを思い出す。
フリットが認めてくれているような行動を取って、それに浮かれすぎていたのだ。彼女の立場が危ういのは変わりないことであったし、彼女自身もこれからと考えていたはずのことに違いない。

カスタマイズを依頼したマッドーナの工房には渡したデータが漏洩しないように強く言っていたのだが、外見を似せすぎたかとウルフは眉を詰める。フリットには模擬戦の日取りが決まった時かそれより前には口伝えるつもりだったが、あの様子では自分から言っていたとしても同じような態度を取られていただろうと想像に難くない。
彼女ならばと考え始められるようになり、一言でも謝るべきだとウルフは肩に力を入れ直した。







しかしだ。すれ違う程度に姿を見掛けることはあっても、面と向かう機会が得られないのが現状だった。

あからさまに避けていると分かる態度ではなかったため、通路ですれ違い様に声を掛けようとしたものの。そう意気込む度に傍らに控えさせている参謀である補佐官と彼女は仕事関係の込み入った話をしている。
会話が一段落するのを待ってもみたが、フリットが意図的に隙を作っていないことに気付いたウルフは痒い頭をそのままに持ち場に踵を返した。

気配が遠ざかったことにフリットは背後に意識を一度向けた。一抹のことだったが、横に控えていた補佐官のフレデリックはここ一週間の司令官の様子を最初から把握済みだった。

「宜しいのですか?」
「距離を取った方がいいと言ったのはお前だろう」

私情を挟んだ助言は確かに口にしていたが、此方の発言に左右されない人だ。だから、そのような言い返しに意外な思いと苦い想いを抱く。
正直な感想を言えば、何故あんな相手にと彼の所業を思い返しては憤る感情が今も残っている。

基地内全土までではないが、噂は浸透していくばかりで途切れなかった。
フリットも止める対策はしてこなかったが、口出しすれば余計に周囲に餌を投じる結果になるのが分かっていたからだ。けれど、今回ばかりは何かしらの根回しはしておくべきだっただろう。
会議中にあんな揚げ足を取られるとは懸念が足りなかった。それでも。

「司令のことですから。既に解決策のお考えはまとまっているのではありませんか?」

短く吐息したフリットの表情にやはりとフレデリックは自分の見立ての正確さに苦笑を交える。
上層部でAGEシステムの軍採用に熱心な派閥は少ない。今回の漏洩を重要と捉えることはせず、神経質になっているわけでもなかった。フリットの責任問題と提示しているものの、階級を下げさせるだとか謹慎処分が言い渡されていないのは内部凍結を避けてのことだ。
ウルフとフリットのことも若い男に手を出したと上品さに欠けた嗤いの種にしている。漏洩の件をつつくのもそれの延長なのだろうというのがフレデリックの見立てだ。

それでも放置しておけば噂に尾びれが何本も付いてしまう。それはフリットにも分かりきったことではあった。
ウルフの所へ真相を確かめに行った後、どうすべきかの選択肢は絞り込んでおいた。だから、彼に気負わせるつもりはないが、話し掛けるなと言ってしまった手前、どう切り出したものか。勢いだったとしても、我ながら頑固すぎると自覚も充分すぎるほどあった。

「大人げないのは承知だ」

ばつが悪そうに口元を歪めるフリットは司令官の顔をしておらず、フレデリックは視線を外す。
受け答えがないことにフリットはほんの少し疑問を持ってフレデリックを窺った。視線を外されていることに何を思ったのか。

「アルグレアス、私の昔のことはお前の耳にも入っているだろ」

突然の切り出しにフレデリックは愕きを持ってフリットを見遣る。そういう話題を口にしない人だったからでもある。

「本当のことを知れば幻滅するだろうな」
「そんなことはあり得ません」

即答に愕いたのはフリットで、幾ばくか幼くなったようなその顔を間近にしてフレデリックは慌てる。

「あ、いえ。ですから、私は司令の手腕を何も疑っていないと申しますか、その」
「お前は心配りに長けているな」

表情を和らげたフリットにフレデリックは緊張とは別のものを抱く。けれど、期待してはならないのだろうと片隅で理解していた。

「私は気強い副官を持てたことを充足に思う」

彼女の中でそれ以外にも以上にもなることはない。それでも、恵まれていると思うのは寡欲(かよく)さの為せる技か。
しかし、彼女が幸せなら良いという寛容は持ち合わせていない。ウルフという男は胡乱者(うろんもの)ではないかという疑いは晴れていないからだ。
だが。そんな人間だったならば、彼女のような人が好意に準ずるような感情を向けるはずがない。

以前に、彼に面と向かって言葉を零したことがある。元レーサーという肩書きがある彼にしたら畑違い故に勘づけていなかったことに咎めを含めて。
司令官という立場にそれなりに理解を示してくれたかと思えば、この漏洩問題だ。さほど深刻な事態にはならなかったが、フリットの手を煩わせる結果となったことに変わりはない。

彼女が彼を意識しているのはこの距離にいればどうしても目に入ってしまう。男一人のことに対して、らしくない司令を見続けるのは副官としてではない自分が顔を出しそうになっていけない。
彼女が心配りを評価してくれるのならば、自らに蓋をしてその通りに出来る自信はある。フレデリックは自分の感情に整理を付けて、司令の代わりを務められる仕事は片付けておきますと口にしていた。







ウルフの背中を見つけ、フリットは其方へと距離を詰めていくが、彼がラーガンと話し込んでいる様子に足を止めた。
追いかけてきてしまったが、自分は何を言うつもりだと今更に自問する。
あれから意図的に彼と言葉を交わす機会を持たないよう努めてきた。それをどう覆していけばいいのだろう。
臆病になっている自身を不思議に思いもする。今までに感じたこともなかった情調だと、胸に手をあてて。これが――と続く名称に奥が熱くなるが、それにかまけてどうすると手を下ろす。

好きだと告白されたのは吃驚したが、嬉しかったのは事実だ。けれど、同じだと応えているわけではない。歳も立場も差異ばかりで、踏み出せない。
このまま、終わらせても……。思いついた矢先に足が後ろに向かうが、同時に痛みを覚えてフリットは自らに驚愕する。嫌なのだ。ウルフから遠ざかるのが。共有が一切合切消えてしまうのが、嫌なんだと。
遠くない未来には終わりを告げている関係だろうとぼんやりと思っていたのに。昔から負けず嫌いな性分はどうにもならないものだと、フリットは前を向いた。

近づいてくる気配にラーガンは其方を見遣り、頷き顔でウルフの肩を一つ叩いて奥へ行ってしまう。その様子に疑問を抱くのも一瞬で、ウルフはラーガンが先程一瞥した方を振り向いて目を瞠る。

目の前で立ち止まったフリットは静かな表情を湛えていたが、此方の目をまともに見ていなかった。
この間の件を取り纏める算段があるのだと思う。けれど、向こうからは切り出しにくいだろうなと、先程の様子も踏まえてウルフはまず自分から謝っておくかと口を開く。しかし思い出す。
二度と話し掛けるなと向こうが提言したことに反してしまえば、彼女がより殻を厚くするのではないかと。
口を閉じ、言葉を選ぶ前に手を出すかと考えついたが、これでは犯罪行為だ。前にやってしまったが、それは置いておく。

口を開いたり閉じたりをフリットは繰り返していた。勿論、言葉は何も発していない。決断は出来ていても、いざとなると言うべき言葉が真っ白になってしまって。
ウルフを窺うように少しだけ目線を合わせる。
若い男が苦手だとか、そういうのはない。ラーガンからウルフはモテると聞き及んでいるが、この顔は格好良いのだろうか。いや、分からない。美意識というのに気遣った覚えはそうそうないのだから。
けれど、向こうからもじっと見つめ返されてフリットは肩に力を入れて俯きがちになる。胸の内から熱が広がって余計に言葉が出てこなくなってしまった。

前髪で隠されて表情の確認は出来ないが、覗く肌が薄いながらも染まっているのを確認してウルフはなんだかなと口元を引き結ぶ。あまりにも慣れていない様子のフリットに妙な純情さを感じる時がある。
そのことを納得すると同時にウルフは此方から切り出しても何とかなるだろうと、言った。

「すまん」
「すまなかった」

声が重なり、フリットとウルフは顔を上げて互いをはたりと見つめ合う。
それを格納庫の奥で遠目から見守っていたラーガンやウルフの同僚らは何あれと口々にこそこそ言い合いを始めている。が、距離のある目先の二人にその声が届いているわけでもなく。

同時に同じことを口にしてしまったことに、歯痒さからの間を置いたフリットは一度自分を落ち着かせた。

「その、大人げないことを言って悪かった。そのことについては謝罪する」

勢いで言ってしまったんだとしおらしくなっているフリットに、ウルフは問題の件は別だということを理解しながら彼女の頬に触れた。

「……ん」

身構えてしまったが、グローブ越しのそれは彼の謝罪の意図を含んでいた。目を伏せたフリットから手を離したウルフはその手で自分の頭を掻く。

「悪い。フリットがあそこまで怒るようなことだって想像付かなくてな」

一定しない声音にウルフがまだ何がいけなかったのか把握し切れていないことを知って、フリットは幾ばくか気分を害すが、堂々巡りをするつもりはない。視線を横に落として小さく吐息したフリットにウルフは眉を詰める。

「破棄しなきゃならんなら、それでも」

分からないなりに深刻に考え込んでいたと知れる言に、害を抜き取られてフリットは落としていた視線を上げた。
ずっと、彼は気に掛けていたのだ。ならば、それだけでいい。

「そこまでする必要はない。あの機体はお前のだ」

目元を和らげて返されたフリットの言葉に、ウルフはそれでは彼女の免罪符が晴れないのではと気に掛ける。けれど、続くのは彼女の澄んだ声だ。

「折角の機体を取り上げるようなことはしないし、させもしない。その代わり、ウルフにも手伝ってもらうことになるが」

前者ははっきりと断言し、後者は少しお願いするようにフリットはウルフを見遣った。小さく不安を残す表情に、上官命令ではないんだなというのが第一印象だった。
彼女が考案することなら心配の必要はないが、その前にすることがあると思う。大切なことだ。

「なら、はっきりと仲直りする必要があるよな」







いきなり連れ込まれた場所でフリットは不信感を持って首を傾け、ウルフを見つめる。入るのを拒んで戸惑ったが、何となく予想が付いてもいる。

それ程の抵抗も見せなかったフリットにどう仲直りをするのか勘づいているだろうと、鍵を閉めた個室の中でウルフは後ろから柔らかい身体を抱きしめた。

「……衛生的にどうなんだ、ここは」

服越しに胸の膨らみを後ろの男に揉まれながらも、多少の疑問はあった。清掃は行き届いているが、正直に言えば抵抗感がある。

「こういう場所でやったことねぇの?」
「ない」

目下にある白い蓋が自動的に、人体感知センサーによって開かれるのに視線を落としてフリットは断言した。共有空間であるトイレなど、誰かに見られたりした場合のことを考えれば回避の選択しかない。

「意外だな」
「お前とが初めてだ。こんな場所」

多少なりとも不愉快さを込めたが、意地を張っているだけだと向こうは気付いてしまっているだろう。小さく笑った気配が背中にある。
場所が場所だからか。身動きを避けてウルフ任せにしていれば、愛撫は含まれていても些か性急な流れで互いに裸同然の格好になっている。

便座の縁に両手をついて身体を支える。腰を高めに上げて後ろに突きだしているときついが、今の角度が変わるのは惜しい。それくらいには高められていて、フリットはウルフに奥を突かれる度に眼を細める。
互いの肌肉が打ち合う音はこんなものだっただろうかと、フリットは自身の尻や足の太さが気に掛かった。けれど、考えきるより先に男の先端が奥を抉り返した。

「ゃ、ア……ッ、ンン」

両手が自由ではないために絶頂のままに喘ぎそうになるが、場所がと無理矢理口を閉じる。びくびくとうち震える身体が崩れ落ち、便器に突っ伏しそうになると抱き起こされた。
挿れられたまま位置が反転し、ウルフが便座に腰を下ろす。そうすると、フリットは彼の上に坐すことになり背面座位の体勢になる。

大きく開脚させられているため、少し屈めば接合部が見える。そのことに羞恥を強く感じるのは場所のせいだろう。
誘導するように下から突かれ、フリットは首を捻ってウルフの顔を見た。
疼いた腰は正直に上下を始めているのを言い訳としてどう説明すればいいのやらと、眉を下げる。

「これ、嫌か?」

尋ねられ、首を横に振る。恥ずかしいのと嫌は別だ。恥ずかしいが何重にも重なると嫌にはなるが、そういうのとは違う。

「はしたなく、ないか」
「――最高にエロいぜ」

フリットの懸念に瞬いたウルフは便座の前の方に手をついて前のめり気味の姿勢で腰を揺らす彼女を見遣り。ほどよい尻の割れ目の下にある口が此方の男根を味わっていることに視線を転じて、熱く息を吐き出してから感じたままに答えた。常の硬い印象に反して腰使いが艶めかしく、視界からも刺激的だ。

言葉一つに震えたフリットにウルフはやはり此奴が良いなと、肌が密着するように引き寄せる。
唇が重なるように彼女の顔を出来るだけ此方に向かせれば、意図に気付いたフリットは伏せ目がちに受け入れる。

「……ン、ゥ」

呼吸のために一旦離れ、もう一度と唇を寄せたときだ。
扉の向こうから足音が聞こえた。愕きに目を瞠ったフリットはウルフの上から退こうとしたが、彼の手によって引き戻される。その動作でなかが少し擦られて危うく声を漏らすところだった。
視線でウルフを咎めるが、彼は無言で真面目な顔を貼り付けていた。動くなということだろうか。
しかし、ウルフの両手が此方の乳房を揉み始める自分勝手さにこの男……!と、本当に自分がデータを持ち出した件を反省しているのか疑いたくなってくる。

外側の便器を使用する音と会話の声を耳にすれば、言葉で咎めるわけにもいかず、フリットは押し黙ったまま快感に意識を向けないよう努める。
けれども、胸の色づきを摘まれた瞬間に膣が疼いてなかに挿れられた形を確かめてしまう。

「ひゃ、」

咄嗟に口を噤んだが、向こうの会話が不自然に途切れた。

「…………変な声しなかったか?」
「力んでるんだろ……つーか、奥から二番目じゃん」
「ああ。成る程」

解決した会話の後、足音が遠ざかっていく。
けれど、納得出来ていないフリットは何が何だかという疑問の顔でウルフを振り返る。

「部屋でヤりたくねぇけどヤりたい奴らが此処使うんだよ、それ用の穴場ってやつ」
「皆、使っているのか……?」

信じられないという空気にウルフは苦笑する。自分や先程の二人のように大概は知っていることだが、こういう場所では性交したことがないフリットにとっては絶句の一言なのだろう。

「他にもあるぜ。今度教えてやろうか」
「………」
「毎回俺の部屋でも構わんならいいが、あんまり出入りしない方がいいんだろ?」

此方の体裁を気に掛けた後者にフリットは目を伏せる。漏洩の件を知る前はもう少し堂々としても平気だとそう考えていた。けれど、その一件でまた改め直すことになってしまった。それはウルフも分かっているらしい。ところで、何時まで胸を揉んでいるつもりなのか。

「そういう時になったらな」

一緒に居るとどうしても互いにある差をどうにかしようと身体を繋げることに向かいがちになるのだが、毎回そうだというわけでもない。多分と補足してフリットはウルフから視線を外した。

それから少し身動きしたが、自身の異変に気付いてフリットは固まる。ウルフは此方の胸から意識を外した後で座り直すように動いたためにフリットはそれを余計に感じるはめになった。

「あ、待て」
「ん?」

ウルフはフリットの様子に視線を落とし、彼女が足を震わせ擦り合わせているのを確認すると理解する。
そして、彼女の両足を膝下から手を入れて開かせた。

「ッ、やめろ」
「小便したいならこのまますれば良いだろ」
「したくないッ」

図星をそのまま口にされたこともだが、ウルフと繋がったままだ。この状態で出来るはずがないとフリットは我慢で眉を歪める。
トイレ特有の消臭剤の香りやひんやりした空気に身体が従いそうになるのを必至に耐えているのに、ウルフの手が下半身を愛撫してくる。

「ゃ、ダメ……触ったら」

弱気な声と身じろぎに擽(くすぐ)られるものがあり、彼女には悪いと感じ入りつつも尿意を持続させている場所を指の腹で揉む。

「ィャ、もう……ッ」

我慢の限界で、フリットは最後の最後に可能な限りウルフの手を退けた。それでも彼の指先を少し汚してしまったことに眉尻が下がる。
便器がしょぼぼと尿を受け止める音から逃げるように顔を外に背けた。

初動から意識して止められるものでもなく、排泄はそのまま続行されてフリットの足から力が抜けていく。
やってしまったと首から上は放熱するが、放尿によって意思とは関係無く身体の緊張は緩む。残尿感を得ないほどに出し切ったことが余計に居た堪れなさを生んではしこりを残していた。
ウルフと繋がっている部分にまで肌を伝って流れていったような感覚があったため、ロール紙で肌に残るものを拭き取りたい。臭いのほうも気になる。

今日はもうこの辺で勘弁願いたいと、フリットは足に力が戻ってきたのを見計らって腰を上げた。けれど、腰を否応なしに男の五指に掴まれて引き戻される。
優しくない動作のそれになかを抉られ、感覚に震えながらも後ろを窺う。

振り向かれる顔にウルフは眼を細める。放尿で喪失気味の表情はひと味違う気怠さを持っていた。それに加えて汚辱を感じているフリットは此方を見つつも、視線を絡み合わそうとしない。
培ってきたであろう強がりを見せることが多い彼女のまたとない反応をみすみす逃す気はウルフにない。

「スカも初めてだったりするか?」

窺いに応えるように問い掛ければ、フリットは目を丸くしてから次には顔を戻して此方から隠してしまう。
稀に顔を出す純情さと本人の真面目さから通じないかと思ったが、スカトロは分かるらしい。生娘なわけじゃないしなと、納得も得る。

耳に入ってくる彼女に関する噂は全部嘘とも言い切れないことも大概に想定以上を得ていた。
それらに対して嫉妬心がないのは全部を知らず不透明であることもだが、意外と彼女にとっての初めてばかりだということが大きい。
漏らしてしまうのもしたことがなかったのは逃げ腰になっていたことから明確だ。今も離れようとしているので、彼女の腰を此方の腕でホールドしている。
観念したのか、大人しくなったフリットは声を潜めて言葉を紡いだ。

「初めてだ。お前とはそればかりで」

こんなになってしまった。責任を取って欲しいという思いはないけれど、彼のせいだと意固地な気持ちはある。
だが、それらを口にするわけにもいかない。らしくないことを言って空回りするのは御免だ。それでも、口に出したものもこれはこれで身の縮まるものだった。

少しくらい、誤魔化しても良いよなとフリットはウルフから尋ね返されたりする前に腰を揺らした。馴染んでいたものに変化を与えたので、ウルフの方も切り替えに移っている。
上になっている自分が動くべきだろうとフリットは上下に腰を浮かしたり沈めたりを繰り返す。けれど、遠慮無く下から力強く何度も突き上げられて自分の位置を固定しているのがやっとになってしまう。

初めてだと口にしたフリットの言葉はしっかりと届いていた。それに対して此方の想いを露見しようと決意した途端にフリットからの再開だ。先回りされてしまったとも思うが、ならばと彼女を抱きながら耳元に唇を寄せた。

「天国感じさせてやるぜ」

低く呟けばフリットはびくりと肩を揺らし、彼女の耳を続けて舐め上げると濡れた唇から熱い息を漏らした。

「そういう言い方を、するな」

首を逸らしてフリットは顔を遠ざけようとするが、右の首筋から肩が無防備になっている。自分とは違う白い果肉にウルフは獣眼を刺し、牙を剥く。
食(は)まれた痛みに伴ってなかを締め付けているのに、窮屈でもぬめることをいいことに狼は突き上げを緩めることなく攻め立て続けてくる。内側全部が擦られ、いっぱいになる。

「――ッ、ァン……ア」

絶頂を越えた後も奥に何度もあてられて嬌声がフリットの口腔で震える。

「うッ――」

息を詰めたウルフが中から出ていき、深い息を吐きながら白濁を便器に吐き出しきってしまった。
彼が此方のなかに全部出したことはない。少しはあるのだが、我を忘れていなければ今のように殆ど外に向けてしまう。
何度か身体を繋げているがそのことに言及はしてこなかった。けれど、便器の中で自分の尿と彼の精液が混じり合うのに不満を覚えている。今になってだ。

彼に背を向けていては伝えにくいなと、フリットは身体の向きを変える。対面する形でウルフの肩と首に腕や手指を絡め、下の方は跨ぐ。
腿の付け根に男の熱く硬い陰茎があたっている。若いと元気だなと胸に留め、フリットはそれが自分の陰部表面にあたるように手を添え身をウルフに寄せる。
彼も絶頂を得たことで高揚した息の乱れがあり、互いの呼吸に耳を澄まし合う時間を持ち。

「……感じさせてくれるんだろ?」

あれではまだだ。有言実行ぐらいしてみせろと言外に含め、ウルフが何か言う前に唇を塞ぎに掛かれば、愕く気配は一瞬のみで、舌の肉を味わい合うように唾液が絡み合う。
狼に主導権を握られそうになってフリットは少し慌てて顎を引く。

ウルフが強引に口付けを再び求めるより先にフリットは彼にしがみつき、頬と頬を密着のままに言葉を重ねる。

「なかに、出してくれないか」
「フリッ――」
「どうしてもしたくないなら、それは……仕方のないことだな」

その時は諦める。気持ちとしては諦めたくなくとも、時間をかけて落ち着かせていこうと言葉の間に思う。

「お前が懸念を持っていることかもしれないから、言うが。私に妊孕の可能性はない」

言い切ったが、口の重たさにそれ以上は言葉を繋げられなかった。密着している肌からウルフの変化を感じ取れないのは幸いなのかどうなのか。

ただ静かにウルフはフリットの匂いに鼻腔を澄ます。求めている熱の匂いに混じっている異物に勘づいて頷くように目を伏せる。
頷きは肯定だ。フリットが此方が持っているであろうと予測していた懸念は当たっている。それから、彼女を否定しないことを自らに向けて。

不透明と感じることを問い掛ければ、彼女は誠意で持って答えるだろう。関係が続けば見せる部分が増えるものだ。だが、それらを一度に露見させるにはどれ程の勇みがいるか。
自分自身に言い聞かせている感覚は否めないが、フリットにとって生半可なものではない。それは分かっているからと彼女の背を撫でた。

優しい温かみにフリットは奥歯を噛む。泣き顔など見せられないではないか、此方の理不尽を拒絶しなかった男に。

「お前が望む通りにしてやる。けどな、それは俺も臨むところだってことはよく刻み込んでおけ」

背を撫でていた手で濃いめの若草色の髪をくしゃりと揉み梳く。此方の肩口に埋められていた顔がやっと見えるようになる。
彼女の視線が逃れられないように強く目線を交わした。

「感じさせてやるのは天国なんて生易しいもんじゃないぜ」

予測できない言葉だったのか、フリットは目を丸くして瞬く。だが、すぐに視線をウルフの肩に落としてまたも言い返す。そういう言い方をするな、と。
獣にはそれすら食前酒となり。互いの指を絡め合わせ、何もかもを絡め合っていく。







赤くなっては青くなり、青くなっては赤くなるフリットは執務室で一人、思い出していた。
仕事が片付いてしまい、自由になってしまうと思考を巡るのはあの男のことばかりで。何だこれはと胸に言葉を持って、グローブを外した両の掌で顔を包む。

小さな吐息でさえ熱を含んでいて、邪険に出来ない困惑を抱いている。本当に、初めてのことばかりでどうしようもない。
先日のトイレで交わしたことを思い返して眉を立て、次には下げる。熱は冷めないが、顔色は優れなくなる。

性交の内容や場所に今更になって頓着するわけではない。ただ、軽率だったのではないかと不安が残っている。
彼の意見をはっきりと訊かずに、自分ばかりを押しつけたような気がしてならなかった。此方の願いを受け入れてくれたことは素直に嬉しかった。けれど、だからこそ余計に。

「……ウルフ………」

名を舌で転がすように無意識に呟いていた。

『ウルフ、ウルフ』

電子音の声に我に返ったフリットは視線を足下に落とす。見上げてくる球体は自分の存在を忘れていないかと主張しているように感じられた。
困ったように苦笑したフリットは足下のハロを手にして、机の上に乗せる。

ハロを必要とする仕事があったが、それを終えてからは放置してしまっていた。それにしても、また彼の名前をハロが言ってくるとは。
と、巡らしていたのをそこで、はてとフリットは首を傾げた。

「私はまた、あいつの名前を口にしていたか?」
『ゲンキジルシ!ゲンキジルシ!』

会話にならない。ところでこれは何時覚えた言葉だろうか。アセムかユノアあたりな気はするが……と、瞬き一つ。
子供達の前でハロがウルフの名を出してしまう可能性があることに気付いて、フリットはハロに触れる。必要のない言葉を覚えていたりしたら、消すことは可能だ。
けれど、ハロから手を離したフリットは椅子の背もたれに身を委ねて天井を見上げる。

ふぬけた姿勢だが、案外安心するものだったのだと気付く。でも、と内心で続ける。
あの男の腕の中の方が良い……。
思ったことに、フリットは目元を緩める。全身が温もりを求めていて、こそばゆさに目を閉じる。
甘味のようでいて苦味ともなるこれが、分かるようで分からない。きっと、初めてなのだと、フリットは胸に手を添えた。





























◆後書き◆

感情の制御とか折り合いを付けたりするのに「言い訳」というのは必要だったりするのではないかと思ったり。
客観的視点だと「言い訳」はマイナスイメージなところ大きかったりですが、当事者からしたら感情に変化を持たせるために「言い訳」は手助けでもあるのかもしれないと。
だからといって言い訳を重ねすぎて袋小路になったり嘘に見えたりしたら誰のためにもならないかもですので、加減の見極めは間違えたくないところです。
さてさて。誰が一番言い訳を持っていたのやら。

Unordnungとこちらの話の間(何処でデータ持ち出したのかというあたり)も書いておりますので、いずれはという気持ちです。
このデータ漏洩を逆手にとってなんとか模擬戦に持ち込む次の話も。

拍手に掲載していた部分は殆ど手を加えていませんが、追加部分で微エロからモロエロに。ラブコメどっかいきました(汗)

Seine Liebe=恋心

更新日:2014/02/22
拍手(部分)掲載日:2013/12/12〜2014/02/02








ブラウザバックお願いします