フリットがウルフに対してタメ口。

18歳未満の方は目が潰れます。






























◆Direkt und Unrecht◆









正しいことに畏怖があるならば、誤ることで心弛びと。



椅子に前屈み気味に浅く腰掛けていた身を後ろに倒し、ウルフはお手上げとポーズをしてみせる。
降参の合図に、相手をしていた二人はハイタッチで歓声を表した。

銀を含む白いテーブル上に広がり散らばっているのは五十二枚のカードだ。レーサー時代に仲間内で賭け事をする時は専らこの手のものであったため、トランプゲームはウルフの得意とするところでもある。
空き時間に隊のメンバーと何度かゲームを交えたが、目の前の二人に負かされたのは今回が初めてのことだった。

「うあー、やっと勝てたぁ」
「特訓してきたかいがあったぜ」

それぞれの喜びの表しにウルフは微苦笑する。負けた悔しさはあれど、これは娯楽であり、それ以上でもそれ以下でもないものだ。何か賭けていたわけでもないしなと、ウルフは背もたれから背中を離した。

「あ。逃げないでくださいよ?」
「罰ゲームは平等っす」

頷き合う二人にウルフは分かっていると手を振る。散々こっちも彼らに余興的な肝試しを命令してきた。自分だけ逃げようなんて考えはしていない。むしろ、此方が辟易するようなものを向こうが提示出来るのだろうかという興味もある。

「何でも言えよ。隊長だからって遠慮もいらねぇからな」

男前な発言に、少し離れた場所から勝負の行方を見守っていた周囲からも低く感嘆の声が続く。
罰ゲーム提示者である二人はこそこそと話し合い、内容を決めるとウルフに向き合う。
述べられたのは、

「キスしてきてください」

その場の空気が静まる。ウルフは小さく首を傾げつつ。

「それ、冗談が通じる相手じゃないと駄目だよなぁ」

思案はしているが、嫌だと言わないウルフにオオと周囲がどよめく。
しかし、茶化しに反してウルフは顔つきを改める。女性の中で一番に思い浮かべたのはミレースだが、後で機嫌を取り直すのは難しい相手だ。事情を話しても納得はしてくれないだろう。平手は覚悟だ。

相手を指定されていないのだから、人間じゃなくても良いのではないかと愛機を思い浮かべ閃いたところ。室内に新たに入ってくる気配に振り向く。
首を逸らし気味に相手の姿を確認して手を上げれば、分け整えた前髪を僅かに揺らして会釈が返ってくる。それを見て、ウルフは決めた。

席を立って彼に近づいていくウルフに周囲がまさかと息を顰める。

「おい。さっきウルフのやつ、冗談が通じる相手じゃねぇとって言ってなかったか?」
「ありゃ駄目だろ。いくら相棒だからっつっても、あいつの性格からして冗談許してもらえるとは思えねぇぞ」

うんうんと周囲が意見を述べて頷き合っていると、ウルフと彼の間合いがほぼ無くなる。顰めていた息が固唾を呑み、止まった。

「フリット」

呼びかけに何か用かと顎を傾けたフリットにウルフが間を置かずに触れていたのだ。本当にやりやがったと周囲は唖然としている。

薄いなと感触に感想を持ったウルフはフリットの髪に手を差し入れ、後頭部を掌で覆うと自分の方に引き寄せた。
密着の分、弾力さが押し返ってくるが、代わり映えはなくやはり薄い。 男だとこんなものかと認識を得てウルフは唇の重なりを解いた。

「ご馳走さん」

思っていたよりも長く触れ合わせてしまったが、フリットが此方を引き剥がすのを待っていたのだ。
当然、そうなると思い込んでいたウルフは今日は的中しない日だなとフリットの出方を窺う。
すれば、フリットは眉を立て、憤りをのせた双眸でウルフを睨んだ。そして無言のまま踵を返して室内から出て行ってしまう。

ああ、やってしまったな……。そんな空気が立ちこめていたが、ウルフは気にした様子を見せずに先程の席に戻る。

「あの、大丈夫なんすか?」

恐る恐る訊いてくる部下にウルフは平気だと表情で示し、謝罪を避ける。

「いやぁ、キスっていっても別に口にしなくても良かったわけですし」

本当に大丈夫なのかと重ねて心配気味に言われ、そういや手にしようが頬にしようが何処でも良いものだったと今更気付く。けれど、それらの選択肢を列挙させなかったのは何故なのか。

「心配いらねぇよ」
「何が心配いらないんです?」

扉を開けた瞬間耳に入った声にラーガンはおうむ返しをした。
ウルフが口を開くよりも先に、周囲の方が我慢出来ずに口々に先程の光景を語り始めてラーガンはバイザー奥の眉目を歪める。
此処に来る途中、というか此処でフリットと落ち合う予定だったのだが、通路で此方に気付かずに足早に横を通り過ぎていったフリットの様子に疑念を持って原因を確認するために来てみればといった具合だ。
何の説明もされずに被害だけ受けたフリットがあまりにも不憫である。

「悪戯にしてはタチが悪すぎますよ」
「分かってる。後で謝りに行くって」

手をひらひらと振るウルフの動作に誠意は感じ取れないが、不真面目な嘘を吐く男ではない。直ぐに行動に移しても、フリットの機嫌を逆なですると理解しているウルフはある程度時間を置くつもりだろう。
彼より先にフリットと顔を合わせられれば、少しだけでも落ち着かせておこうと決めて吐息を一つ落とし、ラーガンは肩をすくめる。












ウルフは居住区画に足を運んだが、向かうのは自室ではない。そうして、一室の前で仁王立ち気味に立ち止まる。

「おーい。フリットー」

呼び出し音を鳴らし、ついでに扉をノックして声を掛ける。すれば、それ程の間を置かずして部屋主によって扉が開かれた。

「何か?」

意外といつも通りの態度にウルフは少し拍子抜けしつつも、開けられたということは入っても構わないということだ。フリットから返事も了承も得ずに室内に足を踏み入れる。

横を通っていったウルフに不満を出すことなくフリットは扉を閉じて、一度だけ床に視線を落とした。
数歩だけ移動し、フリットは白い背中を見遣る。振り返るウルフにフリットは視線を逸らした。
その動作を視認してウルフは切り出す。

「怒ってるか」
「ラーガンから聞いてる。ただの罰ゲームなんだろ?」

ウルフとはそれなりに年の差があり、目上には違いない。だが、かつてのように敬語で対応せずに言葉を交わすようになった。距離感が変わったわけではない。相手が此方を対等と見ていてくれていることと、自分も相手と立ち位置を共にしていると互いに認めることが出来ているからだ。

連邦の間では二筋の流星と二人を称す通り名まで出始めている始末だった。それを誇りと思えないのは、まだ気恥ずかしさがあるからかどうかをフリットは分からないままでいる。
ただ、ウルフと常に行動を共にしているわけではないのに。そのように思う部分もある。

知らない間柄ではない。だが、近しいと、そう周りから見られるのは違う。
それなのに。罰ゲームの相手にされた。何故、自分を選んだのか。それが不可解で、蟠(わだかま)りを作る。
しかし、それを悟られないようにフリットは平常心で受け応えていく。

「謝罪も必要無い」
「おいおい。悪かったぐらい言わせろよ」
「俺はそんなに繊細な人間じゃないだろ」
「繊細じゃないなら、俺の顔見て言え」
「………」

眉を詰めるように歪めたフリットは口を引き結ぶ。空白のような時間が出来た後に、フリットは表情筋を緩めてウルフを見上げる。

「怒ってないんだからいいじゃないか」

多分とフリットは胸の内だけで続けた。ウルフの行動は理解の範疇を超えていたが、此処は娯楽の少ない仕事場だ。フリットとてそれは感じ取れているから、容認出来ないと言うのは横暴すぎると思っている。
だから、残った感情の行き場が無くなってしまったのだ。

明日になれば消えるような、その程度のものである。けれど、ウルフが目の前にいては、意識の外にするのは難しくて。

「本当に何とも思ってないのか?」

そういう訊き方は狡い。怒り以外の感情も問うものだからだ。
けれど、回避方法が無いわけでもない。

「ああ。何も」

自分がそう思い込んでしまえばいい。そうすれば、嘘を吐いているという自覚を得なくて済む。変に勘づかれることもない、はずだ。
一歩前に出てきたウルフにフリットは逃げない。何も感じていないなら、動作に移してはならないから。

「気に入らんな」

言ったウルフに何がと問う猶予は無かった。また同じようにふいも何も無く、断りさえ入れられず、口付けられていた。
顎を引いたフリットを逃すまいとウルフは彼の背と頭に手を差し入れて引き寄せる。

またか、と。そんなことを考える余裕がないのは、深いからだ。口の中に舌をねじ込まれ、唾液に蹂躙されるがままに。
先程との違いはそれだけでなく、抱き込まれているせいで胸板などから相手の体温が感じ取れていることだ。

時折漏れる吐息にウルフは耳を傾けたが、二の腕を掴む握力に意識を向ける。此方を引き剥がすかと思うが、そうではないようだった。掴んでくる五指にはかなり力が入っていて、正直な実感としては痛い。だがそれは、しがみつきの類だ。
だから、そこに関してはフリットの好きにさせておき、狼は舌で相手の口内を味わう。

表面の果肉は薄いが、内側は柔らかく熱を持っている。
重なりから漏れる濡れた音に怯んだように、ウルフの腕を掴んでいたフリットの手から力が抜けていく。
それを見計らってウルフは舌を引っ込め、最後の仕上げとばかりに薄い唇に自分のそれを軽く触れ合わせてからフリットを離した。

身体を支えていたものがなくなり、フリットはすぐ後ろの壁に背をつく。

「これも……罰ゲームか?」

俯いて表情を隠すフリットはそう落とした。ウルフは意外というよりも心外という顔をしたが、俯いているフリットが気付けるはずもない。

「お前は、何で拒絶しなかった」

フリットの問いかけには答えず、ウルフは訊き返した。すれば、顔を上げたフリットは訳が分からないという表情でウルフを見返してくる。
その反応においおいと頭が重くなるが、ウルフの中で合致するものがあった。つまり、確信だ。

「後ろ向け」
「……?」

フリットは首を傾げたが、戸惑った動きで言われた通りに身体の正面を壁側に向け、ウルフには背を見せる。

言った通りに動いたフリットにウルフは表情を歪めた。フリットは此方が意図することの初動を阻害しないのだ。信頼されていると受け取れば悪い気はしない。
だが、ウルフは自分が正しい人間だと思っていない。それを言い表すならフリットの方ではあるだろう。正しいというより、正しくありたいというのが彼の在り方だが。

それ故に、困りものなのだ。もしもの過程として此方が間違った行動をとった場合、やけくそになってでも止められる人間は限られている。
フリットはその中の一人と認めているつもりだったが、これでは自分に追随してきてしまう。
途中で気付けば手遅れではない。だが、先程のように最後まで阻害せずに、拒絶の色さえ出さないのは不味い。

同じ感覚を得ようと理解されてはならないのだ。理解されないことで、互いの立場を推し量り、個と個の牽制とする。共存に最低限必要なことだ。
理解し合うというのが悪いというわけではない。けれど、狼の長は群を統べる。まとめ上げるのは理解を示し合っている次元ではないのだ。

フリットには自分と似ているところがあるため、共感はある。しかし、別だと。お前と俺は違うのだと、正さなければならない。
感情とは動くものであるはずなのに、口付けに何も思わなかったと言ったフリットが気に入らなくて仕掛けたことだったが、思わぬ綻(ほころ)びに気付くきっかけを作ってしまった。

後悔するだろう。そんな予言めいた確信を胸の内で言葉にしたウルフは、瞼を閉じて一呼吸した。
開いた眇は小さくもない背を捉え、腕は彼の脇下を通って背後から抱きつく。不自然ではあるが、この程度ではフリットはまだ何も言ってこない。息を跳ねただけで。

手荒なことしてすまんな。と、謝罪の気持ちだけ胸に吐き出して、ウルフはグローブを外した手でフリットのベルトに手を掛ける。
流石に不審に思ったのか、背後の此方を窺おうとするフリットに構わず、ズボンの前を寛げて目的のものを握り込む。

「ウルフ……ッ!」

焦り咎めるような声に安堵する。それでいいと。けれど、覚え込ませるにはまだ終えられない。

外気に取り出され、自身が震える。フリットは困惑するが、こんな時にどうするべきかなど知りはしない。
背後にいるのがウルフでなければどうにかしているだろうが、彼が何も意図せずにこんなことをするはずがない。これも罰ゲームか何かなのだろうかと思わなくもないが、ウルフは常識の領分を心得ている。
だから、と。フリットは下半身から目を逸らした。

拒絶の動作をせず、見ないことを選択したフリットにウルフは奥歯に力を入れて口元を引き結ぶ。
ウルフが指で輪を作るようにして上下に執拗に擦り続ければ、フリットは両の手から肘を壁に付き、額を両腕の間に埋めるようにしてそこに押しつけた。

感触が硬くなっていく。手の中のものが勃ち上がるにつれ、息が上がっていくフリットにあてられそうになり、狼は衝動が溜まった唾を飲み込む。
嫌だと。やめろと。フリットがそう言えばいいだけなのだ。
呼吸が荒くなっているフリットの絶頂は無言の中、行われた。

「―――ン」

白濁が床を汚し、自分の息づかいだけが強く聞こえて、フリットは口元を手の甲で押さえた。
一度吐き出しただけでは力が抜けるようなことはないだろう。壁に上半身を預けるように立ち尽くしたままのフリットにウルフは問い掛ける。

「なぁ、ハンドクリームかオイル持ってるか?」

訊かれた内容に予感めいたものに辿り着きながらも、フリットはウルフを振り返った後にデスクの方に視線を移した。
ウルフは其方まで移動してデスクの引き出しを開け、二段目からハンドクリームを取り出す。他にも薬用品がまとめて入れられているので、軍からの支給品をそのまま此処に入れてあるのだろう。目に入った包みを一つだけ手に取り、ウルフはフリットの元に戻る。

下半身を仕舞い込もうとしていたフリットの腕を掴み、ウルフはベッド上にフリットを俯せに放った。
そのまま四つん這いになったフリットの背後に乗り上げ、彼のズボンを下着ごと膝のあたりまで引きずり下ろす。

フリットは足の間に手を伸ばして下げられた衣服を元に戻そうとするが、指がベルトに触れただけで留まる。何故なら、下半身に不自然な冷たい感触があったからだ。
どうされているか分かっているが、問わずにはいられない。

「何を……!?」
「ちょっとな」

気軽な返事にフリットは大げさなことではないのではないかと安堵しそうになったが、尻の窪み周りにクリームを塗りつけるように指がなぞっていくのにぞわりとした感覚を覚えて身を前に引く。
しかし、ウルフに腰を抱え込まれるようにして引き戻され、先程よりも背後に突き出すような格好になってしまう。

クリームが足され、窪みの内側に指が一本入ってくるのにフリットは身を強張らせる。そんなところに入るはずがないと。
狭すぎて進入を諦めたのか、指が外に引き抜かれた。その瞬間にいいと感じてしまったことにフリットは自分自身を瞠る。

そこを使う行為に興味があるわけではない。ずっと無縁でいるはずだっただろう。ウルフに口付けられても、そういう発想はしていなかった。
彼と唇を合わせるというのも、今まで想像もしていなかったことなのだから。

それ故に、そんなことをされたから、輪廻のように思考が回り続けていく。
答えが出てこない。

「――ゥ……ァ…」

窪みの外周と入り口のみに集中してウルフの指先が愛撫を続けている。硬く口を閉ざしていたが、クリームが体温と同じ温もりを持つようになるとぞくぞくするものが湧き出てきて、隙間から声が漏れ始めた。
今の体勢だけでもウルフに見られていることがどうしようもない焦燥に駆られているというのに、変な声まで聞かれるのは耐え難い。

フリットがジャケットの袖ごと腕に歯を立てているのに気付いたウルフはそれを止めさせようとはしなかった。代わりに俺の手を噛めとも言わない。
痕が残るほど、自身の身体に刻めばいい。勝手に忘れられて消去されては意味がない。
分からせるしかないのだ。お前と俺が別であり、違うということを。
結果的にフリットが離れていくことになっても……。迷いが生じたことにらしくないと、ウルフは息を吸って指を窪みのなかに進めた。

先程よりも難なく奥に侵入してきた指にフリットは愕きを得る。だが、奥の内側を指の腹が探ってくるのには圧迫を感じて気持ち悪さが先立つ。
塞いでいる口元から籠もった呻きを漏らせば、なかの指の動きが止まる。入れられたままではあるため、下半身の強張りは解けていないが、動きを止められたことに胸の内に溜まっていた強張りが解ける。
思案に留まっていた指は動きを変えた。

今度は抜き差しするように前後に動かしていく。フリットの様子を窺えば、先程のように苦しんでいる素振りはない。奥を弄られるよりは入り口付近がいいらしい。

奥深くまでは指を進めず、入り口のところを集中的に小刻みに弄り続ければ、徐々に弛緩していく身体に複雑な苦笑を滲ませる。
痛い思いをさせたいわけではない。これで大丈夫らしいとは分かったが、なかなか拒否を見せないフリットに焦りもある。

男同士の性交についての知識は浅いなりにあるが、したいと思ったことはない。フリットにもお灸を据える程度にしか考えていなかったのだが、反応を見ているうちに此奴ならと興味以上のものが表れ始めていた。
だが、今し方芽生えたわけでもないかと、デスクの引き出しから拝借した存在を思い出すまでもない。

クリームを掌で温めてから、もう一度たっぷりと足してみれば、フリットは腰をしならせる。
奥深くまで指の進入を拒まれず、内側を指で舐め回しても痛がっているようには見受けられない。指の本数を増やしていき、三本にしてもフリットへの負担はあまり無さそうだ。

指を引き抜いた瞬間、物足りなさか、いいところに当たったか、小さい嬌声と同時にひくりと身震いしたのに眼を細める。
フリットのなかを愛撫している間、自分のものを少し慰めていたが、ヤる気だよなともう一人の自分が客観的に述べているような錯覚が生まれる。

最初は猜疑心が少なからずあったであろうに、フリットは言葉を重ねることはせずにこのままだ。此奴の性格からしても、反応からしても、慣れていないどころか未知そのものだろう。
すまんなと再び胸の内で落とし、ウルフは衣服を脱ぎ去る。

その音と、何かを破るような音がして、荒い呼吸が少し落ち着きを取り戻し始めていたフリットは肘に力を入れて顔と胸を浮き上がらせるが、ふいをつく背中の重みに再び沈み込む。
ウルフの行動によるものだと頭では理解出来ていても、意図は掴めない。疑念を訴えようかと口を開いたが、左耳を喰まれる感触に咄嗟に口を閉じた。

耳の中に舌が侵入してきて濡れた音を響かせる。尻の窪みにも手が這わされて、なかをまた弄られ始めていて別の湿った音まで伝わってきていた。
舌と指が引き抜かれ、下半身の方に指ではないものが擦(なす)り付けられる。

「挿れていいか?」

ウルフが尋ねれば、フリットはゆっくりと後ろを振り返って彼と顔を合わせる。

「……………」

応えは無く、フリットはすぐに首を元に戻してしまう。
もう少し何かしらの反応を期待していたが、無関心とそう変わりない態度にウルフは僅かに肩を落とす。

尻の丸みを撫でてみるが、柔らかさが足りないと感じる。それでも、雄として興奮しているのは拭えない。
拝借していたゴムを被せた自身にクリームを塗りつけ、滑った手のままでフリットの尻肉を両側に割り開く。

窪みを広げて自身の先端を押し当て、差し込んだ。ゆっくりにしても、いきなり全部挿れるのは不味いだろうと、先端の出っ張りが入るまでに留める。
勃ち上がってもいないが、萎えているわけでもないフリットの陰茎に手を伸ばし、慰めるように愛撫していく。

腰を引きそうになるのを必死に抑え、フリットはシーツに指を絡めて握りしめる。
裏筋を指で揉まれるように扱(しご)かれ、なかに入れられているウルフの先端が抜き差しを入り口側だけで行っている二つの刺激に腰が疼いて仕様がなかった。

徐々に奥に進んでくるのが分かり、ウルフのものが入ってきていると思うと焦燥が騒ぎ出して、どうしようもなくなる。
挿れていいかをウルフに尋ねられた時、反応に困ってしまった。その結果こうなってしまったのだが、余計にフリットは困り果てていた。

指以上の異物感は拭えないが、気持ち悪いと思うほどではないのだ。それが変として自らにフィードバックしてくるような感じだ。
その感覚は最初の口付けから得ていたものだが、積み重ねによって困惑として浮き出てきた。行き場を無くしていたそれが。
この男とこのように身体を繋げたかった気持ちは一切無い。でも、とフリットは内で続けてしまう。

奥まで入りきった肉棒を後ろで咥え込んでいることを実感しては、熱が溜まっていく。
この体勢では互いの表情を確認は出来ず、息を合わせるのは難しいのに、ウルフは耳を澄ませて可能な範囲で動きを調節してくれているのが分かる。
ここまで慎重にやっているのは、ウルフも男相手は初めてなのではないか。はっきりとした根拠は持てないが、そんな気がする。
だから、戸惑いが大きくなる。それでも、思考とは別に身体は熱量を増していった。

抜き差しの緩急の間隔が緩を短くしていき、急がせる。シーツに額を擦りつけるようにして俯いているフリットは腰を打ち付けられるがままに身体を揺らした。
熱に潤んだ瞳が自身の中心を捉え、ウルフの両手は此方の腰を掴んでいるのでそこに這わされてはいない。それなのに、勃ち上がりきっているのを目にして、うわと信じられない気持ちが頭をもたげる。

直接触られてではなく、後ろの感覚だけでこうなってしまっているのは恥ずかしいどころではない。
先端はとろとろに濡れそぼっていて見た目は切羽詰まっているのだが、後ろの感覚が色濃く強く刺激してきていて射精に集中出来ていないのだろう。
このままではおかしくなりそうだと、自身に手を伸ばすが、届く前にウルフの指が接合部に触れてフリットは肩を跳ね上げさせることになる。

入り口側が一番腰から背筋にくるのだ。ウルフは既にそれに気付いていてやっているのだろう。
悔しいだの、狡いだのと思っている暇は無かった。突然襲ってきた射精感にフリットは驚愕を抱いて薄く唇を開いた。

「ゃ……、」

嫌という言葉をウルフの耳はしっかりと聞いていた。けれど、弱い。もっと強く拒絶しろと、狼は奥を蝕む。
息はもう合わせない。同じ感覚を得られはしないと思い知らせるために。

否応なしになかを蹂躙されていることにフリットは顔を横に振って感覚を飛ばしたかったが、それも充分に出来ない。自分の身体なのに自由に満足に動かせず、絶頂も意思とは別のタイミングで迎える。

「ぃ―――ッ」

息を詰め、吐き出して、やっと落ち着けるわけではなかった。後ろの方はまだ続いているのだ。果ててしまったせいか、鋭敏に感じて小さくも嬌声が緩んだ口元から断続的に漏れては、溶ける。

接合部はクリームが熱で溶け、湿った音を先程からずっと響かせている。
思考が鈍る中で、フリットは思う。ウルフにとっても、これは気持ちいいのだろうか。

滑り具合や包まれる圧は予想していたより悪くなかった。
フリットが射精した瞬間、内肉が締まってほぼ同時に果てそうになったが、ウルフは堪えた。我慢するのは身体に悪そうだなとそんなことを考えていた矢先、フリットが此方を窺う素振りを見せた。
動きを止めたウルフは次には自身をフリットのなかから取り出す。亀頭の根本をひっかけるようにして抜き出す瞬間、フリットの身体が縮むように震えた。

その震えた身体を抱き起こし、絡まった衣服を剥ぎ取る。その間もフリットは何か問い質したいようなそんな視線を止めなかった。
仰向けに押し倒し、ウルフはフリットと向き合う。

「言いたいことがあるなら、言ってみろ」

狼の促しにフリットは眉尻を下げる。泣き出しそうだなと思ったが、そんなことはなかった。迷っていると感じ取れる沈黙。
こうだと決めたらフリットは頑なだが、即断即決するタイプではない。必要な選択肢を抽出するのが早いだけだ。どちらかと言うと、自分の方がさっさと決めてしまう類だろう。

「何も言わんと続けるぞ」

ようやっと、嫌だとはっきりフリットから聞けるだろう。そう確信を持とうとしたが、あろうことか、フリットは頷いた。しっかりと頷く動作をしたわけではないが、ことりとその程度に首を縦に振った。

目を瞠ったウルフにフリットは困り眉を立てた。濡れた瞳は揺れていたが、強い力があった。何をそこまで頑なになっているのか、知るよしもない。

長く長く息を吐いて、ウルフは目の色を変えると、正常位でフリットのなかに再び押し入る。
尻が上を向くように足を押し上げるのでフリットには負担になる姿勢だ。腰に枕をあてた方が負担を軽減できたかと思い至ったが、このままでも構わないだろう。

ただの意地だ。フリットの挑発に乗った。それだけのこと。
けれど、挑発してきたはずのフリットは立てていた眉を簡単に下げ、また迷ったような困ったような表情をして身を震わせ始める。
汗や何やらで乱れた髪を頬に貼り付かせ、息を上がらせるフリットをじっと見下ろす。

ウルフの視線に気付いたフリットはある場所に抉るようにくる感覚に目元を押し上げた後、口を横に引き結んで顔を横に背けた。
前立腺をつつかれる感触は初めてのもので、フリットはその度に濡れた色を表情にのせる。
それを悟られたくなくて、ウルフから顔を背ければ、獣声(じゅうせい)の息に紛れて謝罪の声が熱に霞んだ思考に届いた。












ぼんやりと目を開けた視界は仄暗く、それは自分の腕が額に乗っているからだと気付く。腕を持ち上げ、横向きに寝返りをうてば、ベッドから立ち上がる姿があった。
男の手首を掴めば、此方が起きていることに驚く気配が続く。

「逃げる気か」

咎めるような口調で言えば、ウルフにしては珍しく、ばつの悪い間を作った。そのことにベッドに横になったままのフリットは安堵を持って彼の腕を離し、自らの背を気怠く起こす。

「批難するつもりはない」

零せば、意図を汲み取ったウルフが背を向けたままベッドに腰を下ろした。
衣服を身に着けていない褐色の背中を見止め、この男に抱かれたのかと実感を持つも、ひどく明瞭さに欠けていた。

「何で、謝ったんだ?」

はっとするような動きをしたウルフは唸る。

「罰ゲームか」
「違う」

即答で返ってきた否定に胸をなで下ろした。期待している自分を顔には出さず苦笑して、フリットはウルフから言葉を紡ぐのを待つ。

「お前は、俺の行動にどうしてケチつけねぇんだ……」

問い掛けが来たのは意外だったが、フリットは顔を上げ、自分を顧みた。しかし、顧みるまでもないことだ。

「ウルフが間違っているからだ」

言えば、意味を測りかねたウルフが振り返る。異星人でも見るような顔に不愉快を感じたが、そこを論点にしては話が進まない。

「正しいことが正しいとする根拠なんて何処にもないだろ」

フリットには自分が正しさを求めすぎているという自覚があった。けれど、生き方を変えるのは難しいだろうし、本人も変える気など微塵も持ち合わせていない。
そして。自分に反して、ウルフは正しくない側の人間だ。区別するのは失礼だろうと感じているが、そこに嫌悪を置く相手でないと知っている。

彼を間違っていると認識しているからこそ、不安の抱きようもないのだ。
正しく在り続ければ狂うのだ。その逆も然り。だが、均衡までいかないにしても、バランスの牽制で保てる。そう考えているのだ。

一つ一つ、掻い摘んで説明し、時折ウルフの言葉も交える。一段落すると、ウルフは考える時間を持ってから、頭を無造作に掻いた。

「つまり。お前は正しいから、俺に間違わさせてるってわけか?」
「そうさせてるつもりはないが、そういうことになる」

放置しているというのが近いが、それを口にしたらウルフの機嫌が悪くなるような予感があったので噤んでおく。
ある意味で反面教師にしている部分もあるので感謝もしているが、これも機嫌を悪くしそうだ。

此方を拒絶しなかった理由が分かり、ウルフは理解しつつも、腑に落ちないものを抱く。
間違いを正すこと。正しいを間違いで保守していたこと。互いの認識が噛み合っていなかった。それだけのことではあるが、やらかしてしまったのは些細なことと割り切れるものではない。

しかし、腑に落ちないのはこのことではない。やったことに関してフリットは批難しないと言ったのだ。止める術は持っていたが、それを使わなかったのは自責としているのだろう。
ベッド脇に落ちている破られた包みは三つ。それらに目を落とし、フリットの痴態を思い起こしたウルフは身体の半身ごとフリットに向き合うように位置を変える。

「フリット。何とも思ってないって言ってたが、今もか?」

罰ゲームで口付けられたことに関して、自分がそう返したことを数瞬の間を置いて思い出したフリットはぐっと詰まらせる。
あれは虚勢だった。それを貫くべきか迷いがある。

ウルフが取る行動を自分は阻害しない。彼が危惧していたのは此方の将来だ。やはり、何の考えもなくあんなことをしてきたわけではなかった。
思考を共有できないのは面倒だが、だからこそ、秘め事を持てる。最初から知られていては困る。ただ、曝いてくれないだろうかという期待は何処かにあった。
しかし。今はその時ではないような気がした。フリットは適当に言葉を濁した後に視線を落としながら言う。

「先にシャワーどうぞ」

自分は後でいい。そう告げれば、ウルフは立ち上がる。が、フリットに向き直り、その若草色に手を置いて手荒に撫でた。目を丸くしたフリットは、次には不満の色を持ってそれを振り払った。

阻害を受けたことにウルフは自分の手を見下ろし、次いでフリットを見返した。分かっていない顔のフリットに餓鬼だなと感想を持つ。
意志とは関係無く反射することだって人にはある。そういう認識だけあれば良かったのかもしれない。
頭を撫でたのは久方ぶりであり、相手を大人だと認めすぎていたのを改める。

その場から動こうとしないウルフにフリットは眉を顰める。次いで身動きしたウルフが自分を抱えるのを赦したが、どういうつもりなのか。

「まとめ洗いのほうが手間が省ける」
「一人用に二人は狭いじゃないか」
「嫌ならやめる」
「…………」

視線を逸らしたフリットに、今日のあれやこれらは嫌じゃなかったということを得て、ウルフは口元を緩めた。





























◆後書き◆

冒頭の方。周囲から真面目と見られている人は(この場合フリットが)おふざけとかそういう輪にいれられたら、大半は可哀相に……と感想持ったりですね。
ウルフさんの部下でトランプゲームしていた二人かもしくはどちらかはフリットのこと嫌煙してたりなんですが、それでも真面目という認識は持っているのでそこに関しては周囲と同調しております。嫌煙とかそのあたりは機会があればまた。

ウルフは自分が過ちを犯したら、ラーガンやフリットに任せる心積もり。けれど、フリットは自分自身に不安があって、もしもの時が訪れないようにウルフの間違いに不安を持たない。そんな塩梅です。自分で書いておきながら割とワケワカメですが(汗)

フリットがウルフさんに対して敬語が(個人的に)一番しっくりくるのですが、流星コンビ時代などこのあたりの時期は明確に発表されていませんよね(私が見逃しているようでしたら申し訳ないです冷汗)。
そんなこんなで、ここらあたりでフリットがウルフさんにタメ口になっていたらどないなもんでしょうと実験やら何やらで。
失礼致しました!

Direkt und Unrecht=正邪

更新日:2013/11/30








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