フリット♀(39歳)・ウルフ(23歳)・ラーガン(28歳)・フレデリック(23歳)。

アセムとユノアの父親が不明。

ラーガンとウルフはタメ口。

最終的に和解しますが、強姦表現注意。

18歳未満の方は目が潰れます。






























◆Unordnung◆









通路ですれ違い様に敬礼する程度の相手との接点など、無いに等しい。だというのに、何故、ウルフが地球連邦軍総司令部ビッグリングの一室で執務机に肘を置く総司令官に向き合う形で立っているのかと言えば。

「弁解があるなら、聞くぐらいはしてやる」
「言い訳するほど往生際が悪く見えますかね」

肩を上げて説明する気のないウルフの態度に、坐しているフリットは眉目を片方歪める。

モビルスポーツの元レーサー。それが白いパイロット用の軍服を身に纏っているウルフ・エニアクルの中にある肩書きの一つだ。
レーサーを辞めてから、ほんの数年。二十三ならば現役で活躍していても支障のない歳であるにも関わらず、軍に転身した変わり者。

言葉をしっかりと交わすのはこの場が初めてのことであるが、その程度の経歴はフリットも知るところだ。

「中尉」

不服の色をのせて言えば、ウルフはまだ何かあるのかと陽気気味だった表情を顰める。

連邦のモビルスーツ技術進歩に貢献したコスモノーブル。技術者としてだけでなく、自らが開発したモビルスーツ“ガンダム”の正式パイロットとしての実績も有する。
それらを鑑みれば、フリット・アスノが三十九という歳で総司令官という高官席に座っているのも頷けた。

実力主義という体制はウルフが嫌うところではない。むしろ、好ましい方だ。
だが、信条を曲げるようなやり口だけは御免被る。それでも、上官の命令は何事に置いても優先される。
ままならないことが分かっているからこそ、ウルフはこのような形で呼び出されていた。

作戦の説明でも前線だと思い込んでいた戦場は、指揮官が口にしていたことと噛み合っていなかった。
紛争地域だとモビルスーツ部隊が足を踏み入れた場所は反連邦組織の溜まり場だった。反乱分子だとしても、戦う準備も心構えも間に合っていない者に銃を向けるなど相対者としてやってはならないことだ。

しかし、それはウルフ個人の意見であって、軍という組織内では不意打ちでの抑圧は間違ったことではない。正義という言葉を使って正当性を誇示する。

ウルフが参加した作戦についてフリットは耳に入れている。
最初に聞き及んだものは改竄されていた内容だったが、違和感を憶えたフリットは副官であるフレデリックに手回しして真実の状況を改めて報告を受けていた。

遺憾の念をフリットは抱いたが、だからといって上官を殴って逆上させるなど非効率的ではないのかとウルフの行動を思う。
それが今回の件だけだったならば、フリットとて一人の士官がやったことなど気に掛けない。しかし、それが何度もあるとなると軍内部での構成にも支障が出かねないのだ。一人の我が儘を聞いてやるほど軍も暇ではない。

レーサーとして磨かれた操縦捌きは他のパイロットと比較しても卓越しているからこそ連邦のエースでもあるのだが、本人が正しくあっても組織に馴染めないなら除隊を下すしかないということだ。
それを見極めるために、フリットはウルフから直接話を訊くべきだと考えた。

「処分は勝手にどうぞ」

しかし、相手は話し合おうともしない。この手のタイプは面倒な者ばかりだとフリットは内心で吐息する。相手が話し出すように誘導しても、目的を終えるまでに時間が掛かる。かといって急かせば、すり抜けるような受け答えしかしない。
変なところで頭が回る人種だ。常に考えている傾向にあるフリットにとって、まちまちに規則性無く考えるウルフのような人間は苦手な類である。

呼び出すんじゃなかったと、フリットは後悔しない。どういう人間かは少なからず知れたというだけでも、此方が飼い慣らす手立てを見当することが出来るからだ。
そういうやり方は自らの性分として好ましくないが、立場として割り切りは必要である。

「――分かった。君には追って連絡が行くだろう。下がっていい」

両肩を落とすようにしてフリットは息を吐く。その様子をウルフは見遣り、それが気を抜いているわけではないと正しく理解する。椅子の背もたれに身を預けるようなことはなく、背筋が伸ばされたままだからだ。彼女のことを見掛けるときは常にそういったものがある。
人前では構えを崩さないか。ほんの少し、疼きを憶えてウルフは下げようとしていた身をその場に留まらせた。

「司令。一度、あんたとやってみたいと思ってたんだが」

呼びかければ、些か不意打ちだったようだ。フリットは歳のわりに童顔なその顔をさらに幼くさせたが、それも一瞬で直ぐにいつも通りの端正な面持ちに切り替わる。

「生憎だが、そんな時間は取れない」

模擬戦のことを彼は言っているのだろう。フリット自身、白い狼の実力はこの目で確かめてみたいというのが正直なところだ。しかし、逡巡して出した答えはこれだ。

今では指揮を執ることが主なため、ガンダムに搭乗することはかつて程多くない。模擬戦も随分とやっていないのは、司令官としての仕事の多忙さ故だった。

「俺は今、やってみたい」

フリットの言を否定するように頭(かぶり)を振ったウルフは言う。言われたフリットは意味を測りかねて、訝しむように首を傾げた。

今。そう言われても、これから予定のない模擬戦をする為の準備をするとなると時間が掛かる。ウルフをここに呼び出して話し合うために取った時間はまだ残っているが、その程度の時間で可能なことではない。

「模擬戦の申し出自体は構わないが、今からでは無理だ」

検討はしてやっても良いとフリットは続けた。ウルフは通じていなかったことに納得し、個人的にそちらも悪くないなと感想を持つ。だが、そうではない。
この疼きは闘争本能ではなく欲求に近しい。

ずかずかと距離を詰め、執務机の右側から近づいてくる男にフリットは猜疑を含んだ表情で椅子に坐したまま彼と向き合う。
何か言うべきかとも思ったが、相手の出方を見た方が無難かと、フリットはウルフを見上げる。

目前で一度立ち止まったウルフは見上げてくる翠の双眸に口元を引き結ぶ。その下の体つきに視線を落とせば、何かを感じ取ったようにフリットが身を引こうとした。だが、ウルフは椅子の肘掛けを左右の手で掴み、相手の逃げ場を無くす。

「ここまですれば、意味分かるだろ」

猜疑の色を濃くして、フリットは顔を近づけてきたウルフに対して眉を歪めた。彼の発言の意味が分からないからではない。彼の正気を疑っているのだ。
呼び出しのために改めて得ているウルフの経歴データには、フェミニストだという些かどうでもいい付属情報もあった。それもだらしのない意味合いが強く、だ。

「分かる分からないの問題ではない……!」

ウルフの腕を片方振り払い、肘掛けから遠ざける。が、払う動作をした手首を途端に捕らえられた。想像していたよりも力強い握力に、冗談という線は薄くなる。

間合いを詰められ、鼻先が触れ合いそうな程になり、端から見れば密着しているようにしか見えない距離となっているだろう。けれど、この空間には二人しかいない。
首だけで顔を逸らし、フリットはウルフを蔑むように睨み付ける。

孤高を引きずり下ろしたいわけでもない。明媚を穢したいわけでもない。
しかし、一瞬にしてこの疼き以上になってしまったものを理性で抑え込めるほど、獣である狼は冷静沈着ではない。

同年代の者達と比べれば彼は多くを経験していた。だが、激情に余裕を持てるほどの経験には程遠かった。

逸らされたことで若草から覗く耳裏が眼前に晒されており、そこにウルフは舌を這わせた。
不意を突く濡れた感触に身を竦ませたフリットに構うことなく、ウルフは彼女の軍服のベルトを外して下を引きずり下ろす。

手順としては最悪だなとウルフは片隅に置く。そうでもしなければ、フリットの抵抗は防げないと熟考したからだ。自らと比べれば彼女の方が線が細いのは当たり前だが、押さえ込むまでに一筋縄でいく相手ではあるまい。

足首に下ろされたズボンが絡まり、ウルフを足蹴にする手段は取れそうにない。
太腿辺りの心許なさはあれど、この程度でフリットは怯むことはなく、捕らえられていない方の手で自分を掴んでいる男の手首を引き剥がそうとする。しかし、次に来た下半身の違和感に跳ね上がるように身震いした。

耐えようとしてウルフの手首を強く握るが、引く動作が出来ない。肘掛けを掴んでいたままだった方の男手が股に伸ばされており、下着に筋を作るようにして擦ってきているのだ。

性感帯の場所を見つけた指がショーツ越しに粒を攻め立てる。
刺激を感じる場所に視線を落とすことは出来ず、フリットは頑なに俯こうとはしなかった。けれど、そのせいで性感に耐え震える表情をウルフに捉えられてしまう。

相手の手指から力が抜けていくのを実感しながら、ここが弱いと知っているが故の罪悪感はあった。しかし、見たことがない女の表情を目の当たりにすれば、本能が欲まみれになる。

「――やめ、ろ」

目元をきつくして、フリットは震えないように調えた声を絞る。だが、返答はなく、奥歯を噛んでから続ける。

「貴様、除隊だけで、済むと……ッ」
「勝手にどうぞ」

先程と同じ答えに怒りを覚える。この男は自暴自棄にでもなっているのかと。
犯されたを発砲されたと自らの屈辱を偽装して、軍法会議にかけるぐらいのことは出来るのだ。彼の輝かしい経歴に泥を塗ることなど造作もない。

しかし、そこまで考えるということは、自分は既にこのまま流されること前提になっている。誰かを呼びつける手段がないわけではないが、無理矢理組み敷かれている痴態を目撃されるのは自意識が許さない。

抱かれるだけなら今までにしてきたこともある。だが、誰でも彼でも赦してきたわけではなく、自分の益になる交渉の上でだった。
だから妊ってしまった時も自責だと下ろすことはせずに、息子と娘を育ててきた。

我が子のことで自分を許せない部分もあり、身体を使うことは減っていき、歳を思うこともあって求めてくる人間もいないだろうと、十年近く性交はしていない。それ故の油断だろうか。

コート型のジャケットに手を掛けられ、インナーもはだけられる。上着は全て脱がされることなく腕に留まり、絡め方に細工されたのか自力で解くことは難しく、自由を制限されていた。
その間も下半身への撫でつけが休められることはなかった。執拗に弄られ、下半身にのみ熱が溜まって足が小刻みに痺れる。

「――ッ―」
「イったか?」

そんな声音ではなかったが、嘲笑っているように感じてフリットは目を閉じたまま顔を背けた。

上半身に熱がない分、下だけに感じることに余計な羞恥が積み重なっている。しかし、むず痒くなってくるものはあった。
衣服を中途半端に脱がし切らぬまま、下着姿を晒している。

先程の余韻がまだ残っており、足をすりあわせているところにブラジャーを下に引っ張られた。
下着を押しのけるようにしてたわわに膨らみが揺れる。まだそこは触られてもいないのにツンと突き出していた。
下半身の痺れ、それに身じろぎして下着の内側と擦れていたのだろうが、これでは痴女と罵られてた場合、反論したところで説得力はない。

赦してもいない男に辱(はずかし)められている事実は認めがたくて、目を開けてしまったのは失敗だったかもしれない。自分の痴態を視界に入れることになってしまったからだ。

「……ぁ」

嫌だと思った。散々やったことのある行為だとしても。こんなのは嫌だと。
一度は犬に噛まれたとでも思えば平気だと割り切った。

今更、身体が悪寒で震えてきて目尻に涙が浮かぶ。現状をどうにかしたいと周囲に目を奔らせた時だ。

ウルフが胸に顔を埋め、抱きつくように背に腕を回してきた。
その行動に性的なものが感じられず、フリットは瞬く。けれど、勘違いだったのか、胸の突き出している色づきを舌で転がされて身を固くする。

舐めていない方の色づきは指が弾くように責めたり、時折摘んだりと刺激を与えてくる。
音を立てて吸われ、聴覚からも知らしめられる。

後ろ手をジャケットから抜ければと身じろぐが、その間も胸を捏ねられたり、強く吸われたりと逃れる動作は捗(はかど)らない。

「触る、な」

言ったところで抵抗にもならないだろうと思ったが、触れてくる手が停止していることに気付く。何故だと目を下ろせば、視線がかち合う。
ウルフの瞳が細められ、身動きを封じられる。何か触れてはならないものに触れてしまったのだという絶望感がひたりと背後に這い寄っていた。

足下に留まっていたズボンはそのままに、椅子に座っていた身を抱え上げるように立ち上がらされる。腕に絡まっていた衣服は剥ぎ取られ、腕が自由になったにも関わらず、フリットは狼の眇が脳裏に焼き付いて怯んだままだった。

執務机に向き合うように、ウルフには背後を見せる形の位置に立たされたかと思えば、背中の方に衝撃が来る。男が此方を押さえ込むように体重を掛けてきているのだ。
気持ちを持ち直したとしても、これでは抵抗の仕様がなくなってしまった。

あまり自由はなくとも足で何とか出来ないかと首を巡らすが、ショーツをずらして秘部を探る手の感触に内腿が強張る。
指を二本くわえ込むのも容易いくらいには、身体を刺激されていた。
膣(なか)がぬるぬると滑っていることを男の指が出し入れされていることで知ることになり、屈辱的な思いが拡がる。

それでも、思いとは裏腹に身体は反応を律儀に返すばかりだ。膨張を始めている男根が腰近くにあたっている。それにさえ、自身の身体は熱を増す。
いつの間にか膣に入れられている指の本数が増え、激しく掻き乱される。ねち、と小さかった湿った音もぐちゅぐちゅと否応なしにフリットの耳を犯して蝕む。

「ひっ、――ぁ、ぁ」

引きつるような、息を吸い込み損ねた音が口からすれば、絶頂感に耐えきれず嬌声が微弱に漏れる。陰核を刺激されていた時の比ではないそれは、理性にある嫌を霞ませる。 だが、感情が薄まるわけではない。思考が鈍っているだけだ。

だから、此方が余韻で痺れている間に、外気に出された男根が股に挟まれたことに鳥肌が立った。

「っ、やめろ!」
「まだ挿れねぇよ」

抵抗の意思である灯火を消していない人間に早計なことをすれば、自滅する可能性がある。ウルフとしては正直なところ、直ぐにでもなかを知りたいとは思うが、まだだ。

挿入しないなら、何をするのかとフリットが眉を訝しむように詰めれば、股に挟まれていた肉棒が絶頂感で溢れた液を潤滑にして前後に動かされる。
膣に挿れられることはなく、外側で擦られている。いわゆる素股という行為だ。挿れられていないという安堵は少なからずあったが、自慰に似たそれは背徳感と物足りなさが混在する。

「あんたが欲しいって言うまでは、挿れない」
「そん、な、ことを言うわけが」

ない。絶対に。
自分が過去に要求してきたのは男のそれじゃない。性欲が皆無だとは言えないが、屈せるほど素直な性格はしていない。
嫌がれば嫌がるほど、隙を見せたら堕ちやすい。ある程度乗らなければ、理性を保っているのが難しいことも分かっている。

快感に身を任せるにしても、さじ加減が必要だった。しかし、その配分をどうやっていたかを身体がなかなか思い出してくれていない。調子が狂っているのだ。
その原因をフリットは自身で掴めていなかった。この男が一度、不意打ちと言えるタイミングで優しく抱きしめてきたのがいけない。そのことを理解していないまま、調子が狂っているのは久方ぶりであることと、同意の上ではないことからだと見当を付けてフリットはウルフを睨む。

目線が考え事から男にシフトして、身体に与えられている熱に意識を向けてしまう。自覚した途端にあそこを擦っているものが時折、粒を掠めて刺激しているのを強く感じていく。
睨みが甘くなり、呼吸も乱れ始める。

緩急をつけて股の間を抜き差しする肉棒は濡れそぼっていた。秘部から垂れる女の密が、繰り返す擦りつけに男根全体を余すことなく今も尚、ぬめ濡らしているのだ。

短い息を吐き、ウルフは鼻腔を揺らす。我慢比べも長丁場になるとやっかいだと、そう思う。正直、やりすぎていると自覚がある。しかし、自身の状態を鑑みれば後にも引けない。
匂いは全くもって頑なだが、味わいたい此方の本心も微動だにしないものだ。
自分で思っていたよりも本気だったらしい。そういう意味でもやっかいだ。信じられない気持ちがあり、それを確かめてみたくもある。

先走りが漏れ始めている。筋を広げるようにようにして肉棒が喰い込み、フリットは膣口と陰核への刺激が濃くなったことに、更に呼吸を乱していた。
擦られているだけで、何度も絶頂感を得てしまうのは自意識として耐え難い。だが、もう睨んでいることも出来ず、右頬と胸を机に押しつけたままで身に力が入らない。

「ン、」

流されてしまいそうな思考を保つために、フリットは一度呼吸を閉じる。次いで、自分の声が耳に届き、羞恥と嫌悪を思い出させた。
しかし、変化を入れたことで呼吸が不規則になり、男の動きを捉えきれずに快感が大きくなってしまった。

女の背中が強張り始めていることに気付いて、ウルフはフリットの背を押さえつけていることをやめる。彼女の両腰をとらえて律動の速度をあげた。

「いゃ――、やだ」

こうなっては快楽に身を委ねたほうが自身のためだとしても、調子が分からない今は身体の反応を拒絶する。思考を引き戻してしまったのは、フリットにとって最善ではなかった。

直後に襲ってきた絶頂感にフリットはうち震え、拒絶を口にしたことが余計に快感に逆らえなかった己を恥じて悔やむ。
背中に触れる男の手に、敏感になった肌は意思とは関係無くそれだけで痺れる感覚を得ている。腰に程近いところから背中までを舌のざらつきと滑りが辿っていく。

「……気持ち悪い」

濡れている場所が全て不快だった。自慰を終えた後の感覚に似ているが、フリットが得ているのはそれ以上に他人から強要されている部分だ。
普段であれば近しい者にも、そうではない者にも、面と向かってそんな暴言は吐かない。だが、緩んだ口元は小さくそう言った。

程なくして、男が立ち位置をずらした。ズボンを靴ごと脱ぎ取られて、次には男の腕に支えられる。
フリットは脇を通って腹部に回された男の腕に抱えられるようになり、続けるのかと顔を顰めた。しかし、今度こそ挿れられるのかと思えば、そうではない。

フリットはその身を引き摺られるがままに疑問を持つ。そして、この部屋を出ようとするウルフにさっと底冷えを感じた。

「待て、待ってくれ!外に出るな!」

こんな下着姿とも言えない格好で此処から出たくはない。誰かに見られでもしたら、何と言えばいい。
ウルフはフリットを一瞥しただけで、扉を開けようと腕を伸ばした。

「怒って、いるのか?」

先程の暴言で傷つけただろうかと、フリットは弱々しく尋ねる。しかし、返ってきたのは意外という言葉を顔に貼り付けたようなウルフの顔だ。
それに対してフリットは違っただろうかと、余計に焦る。

このままでは外に出てしまう。彼がこんな行動に出ている原因が暴言でないとすれば、思い当たるのはもう一つしかない。挿れて欲しいと此方が願うことだ。

「ぃ、いれ」
「静かにしてろよ」

扉が開き、ウルフの手に口を塞がれる。彼が要求していたことを止められて、フリットは混乱する。

右手側の通路の先には常駐している警備兵が此方に背を向けている。現状を発見されたら、ウルフが司令官に危害を加えているとみなされるだろう。
左側へとウルフはフリットを引き連れて、奥の一室に入る。カードキーは先程の部屋の執務机に置いてあったものを拝借していた。

口元を解放されてフリットは脱力する。僅かな数歩だったとしても、痴態を目撃されないかと気が気ではなかった。
しかし、安堵も束の間だった。三人は余裕で座れるであろうソファの上に手荒に投げ出されたのだ。

この部屋も仕事部屋の一つであるが、来客用でもあるため、ソファとテーブルが一式揃っている。
そのソファの一つに背中が沈む。下着は上下共に乱れて秘部を隠せていない。裸にしか見えないであろう姿を表向きに見られるのは耐え難いと、フリットは隠すように身を縮めようとする。

上着を全て脱ぎ捨てたウルフもソファに乗り上げてきた。両足を割るようにして広げられてしまえば、散々弄られた股を無防備に晒してしまう。
思っていたより腕に力は入らず、容易く男の手に縫い止められる。

「やめてくれ」

この行為の代わりになるものなら、権益だろうが何であろうが引き渡してもいいと、言外に含んで言った。だが、ウルフはそんなものに興味などない。先の担保などいらないのだ。目の前の獲物さえ喰えればいい。
再度取り出した男根の先端を膣口にあてる。

「ここはひくついてるのにな」

膣はヒクヒクと待ち構えている。けれど、フリットは折れない。言いかける場はあったが、あれはまともに考えずに、外に出るか出ないかを天秤に掛けていたからだ。
男のそれが欲しいと思って、口にしかけたことではない。

「いらない」
「決心硬ぇな」

芯が強いのは良いことだ。いい女だと再確認する。見た目もまあまあタイプの部類に入ると思う。脱がしてみて分かったスタイルもそこそこ。
欲情を否定しようとする表情は想像以上だなと、ウルフは喉を動かす。

しかし、此方の一挙一動に顔を顰めるフリットに口元を締める。人として咎められて当たり前のことをしているのだ。常ならば、自分が一番嫌う行為であったはずだ。
そうでもしなければ、触れることすら出来ない相手。だからこそ、余計に自制が利かなくなっている。

女の両手首を自分の片手だけで束ね、ショーツのずれを直す。薄い生地を間に、膣口にもう一度亀頭を押し当てる。
布地ごとでは入らないが、なかに先端が喰い込んでいく。進入ではなく、押し広げるようなものに近いだろう。

それでも、押したり引いたりを繰り返せば、ショーツは沁みを濃くしていった。その沁みと同じ位置に男の先走りが塗りつけられ、ショーツは両側から濡らされていく。

「もう、膣ぐちゃぐちゃだろ」

卑猥な物言いにフリットは無言で首を横に振る。肯定したら、即座に挿れられてしまうことは目に見えていた。実情、ウルフのものはかなり張り詰めた状態だ。
本当に強情だと、ウルフは次の手に出る。

身を少し引き、ショーツに指を触れた。秘部を覆う面を握って細くし、厚さのある糸状にしたそれを筋に咥えさせた。
上部を手にしたまま引っ張れば、キュッとあそこが締まる。

「……ゃ…」

足を閉じたくても、股の間にいる男の存在が邪魔だった。
ショーツの使い方として適切ではない。それなのに、引っ張られる度に性感帯を強く刺激されしまう。

自らの格好を思えば、こんな痴態を晒しているという羞恥に反応して快感に拍車が掛かる。
更に追い打ちを掛けるように、男のそそり立つ裏筋が擦りつけられた。
愛液がショーツからはみ出しており、陰茎の滑りを良くしている。

「こっちも辛いんだが」
「知らな、い」
「……ったく」

自分に非があるのだ。それくらいの理解はある。だから、せめてフリットが折れるのを待とうとしたが、事は上手く運ばなかった。
後で報いは受けるべきだなと、ウルフは表情を鎮め、次には雄の眇を湛(たた)えた。

空気の変化にフリットは気が付く。勘として脅威が近くにあることに、警戒の念が生じた。
ウルフと目が合う。咄嗟に嫌だと言葉にしようとしたが、自身が曝(あば)かれるように 膣へと進入してくるものがあった。

ショーツを端にずらし、なかに男根を挿し入れる。充分に濡れ尽くされたそこは容易に男を招き入れた。
言葉無く、息を詰めたフリットは此方の意志を無視した男に少なからず茫然自失となる。友好的な相手ではないが、即物的な部分はないと思っていたのだ。ここまで身体を慣らされたが故に、そう思い込んでしまっていたのか。
この男も別に、何ら変わらないのだ。他の者と。
だから、なかに挿れられて感じてしまっていることに、屈辱的な気持ちが生まれる。

奥まで一気に突き、びくりと反応した女の顔を確かめる。すれば、最奥にあたるものに感じて閉じていた目が開かれた。
先程と同じように目が合うが、今度はウルフが息を呑む番だった。
扇情的だったからではない。屹然と、強い瞳に肝を抜かれるような愕(おどろ)きがあったからだ。

「や、めろ……!」

視線を外すどころか喰ってかかろうとする眼差しに、我慢を堪えきれず、狼は腰を動かした。
引けば、ぬちっと外側で湿った音が響き。突けば、ぐちゃりと内側で互いの音が震撼する。
それでも尚、フリットは眉目をキッと立て続けた。

このような状況だというのに、気丈を崩そうとしない。そういう面に焦燥が奔る。
ウルフはみっちりと奥深くまでフリットのなかに自身を喰わせていく。
獣の息が吐き出され、フリットは小さな悲鳴を漏らして表情を濡らした。

「俺が女にしてやる」

長い時間は終わりを告げない。












警備兵に会釈して、総司令官の副官を務めているフレデリック・アルグレアスは通路を奥に進む。
先程から数度、フリットに連絡を取ろうとしているのだが、通信機のコール音は返ってくるが返事は無かった。

このようなことは初めてだった。何か手が離せなくなってしまったのだろうか。ならば手伝わなければいけないと、執務室を目指す。
キーを使って足を踏み入れたそこは無人だった。見渡しても人影はない。では何処へ行ったのだろうと、無駄かもしれないがと通信機を操作した。

コール音と同時に着信を知らせる音が室内に響き渡る。驚いて、フレデリックは着信の音に向かった。
執務机の内側。椅子に袖を僅かに引っかけた深緑のジャケットが床に落ちている。その内ポケットから通信機の着信を知らせる音が響いていた。

何事があったのだと部屋を飛び出し、道を戻って警備兵にフリットが外に出て行ったかを尋ねる。返答はノーだ。
事の大きさが分からない今は大事だと騒ぐわけにはいかない。警備兵が不審に思わないように、フレデリックは当たり障りのないことを言って再び奥へ行く。

慌ててはいけない。一つ一つ部屋を覗いて確かめていく。
とある一室の扉の前で違和感を得て、フレデリックは訝しむ。この部屋は来客用に使用するため、出入りの利便性を考えて他の部屋のように自動ロックにはならない。
扉横のカードスロット機は開閉状態のランプが点いている。今日は使用する予定はなかったはずにも関わらず。

扉を開け、フレデリックは落ち着けと自分に言い聞かせる。明かりも点いたままの部屋は室内の全てを明瞭にしている。
最初に目に入ったソファには何か水のようなこびり付きがあった。眉を顰め、視線を横に動かせば、ソファの端から若草色が覗いている。肘掛けの側面に背を預けて座り込んでいるらしい。

「司令!」

無事を確かめようと駆け寄ったフレデリックは、フリットの姿を目に入れて足を止めた。素肌を晒しているのだ。
白いジャケットを立てた膝に掛けていたが、彼女の傍らに無造作に散らばっている下着をみれば、その下が一糸纏わぬ姿であると容易に考えられる。

「アスノ司令!」

距離を縮め、フレデリックはしゃがみ込んで呼びかける。肩を掴んで揺らしたかったが、この人の素肌に触れていいものだろうかと迷いがあって出来なかった。

しかし、気絶しているわけでもなく、目を開いているフリットはただただ、目の前を見ているだけで反応を返さない。
編み込まれた髪も乱れている姿は、見ている此方まで胸が痛くなってくる有様だ。意を決して、フレデリックは肩ではなく、その手に触れて再度呼びかけた。
すれば、やっとのことでフリットが顔を上げる。その動作で、髪の結い目が緩くなっていたリボンが解けた。

「……アルグレアス?」

何故お前が此処にいるんだという問いかけの後、フリットは彼からグローブ越しに触れられている自分の手に視線を落として、自らの姿を視認する。

「ッ!」

フレデリックの手を払うようにして、フリットは両手で自分の身体を隠すように抱きしめる。白いジャケットごと。

手を払われたのは拒絶してのことではなく、咄嗟のことと理解していた。だが、フリットがサイズからして男物のジャケットを抱き寄せたのは、フレデリックにとって理解し難かった。
それは貴女に乱暴をはたらいた男のものではないのかと。

「司令、後は私が対処します」

憤懣(ふんまん)を押さえ込んでフレデリックは言う。しかし、フリットは彼の言葉を是としなかった。

「待て。これは私一人で処理する」

いつも通りの口調と、顔色も回復を見せていることに安堵が覗くが、フリットの宣言にフレデリックは表情を下げる。

「いけません。これは一大事なんです。その者には然るべき判決を下さなければなりません」
「大事にはしたくない」
「それも判っています。貴女が受けた傷を表に出すようなことはしませんから」
「最小限に済ませたいと私は言っているんだ。お前は黙っていろ」

突き放すような言い方を滅多にしない人だった。だから、憤りをフレデリックは感じたが、それほどまでにフリットの決意が固いことを知る。
肩を落とすが、納得仕切れていない顔でフレデリックは頷いた。

「判りました」
「………済まない」

顔を見ず、床に視線を落として謝罪を口にしたフリットにフレデリックは申し訳なさを得た。
辛い状況にあるのはフリットにも関わらず、謝らせてしまった。言い方を謬(あやま)ったと思っているのかもしれない。

「いえ。黙っていますから安心してください。でも、何かご用はありますか?」

口外はしない。だが、手伝いはするという申し出に、出来た副官を持ったものだとフリットは一息吐く。

「服を、持ってきてくれないか」

この格好では外に出られないと、フリットは立ち上がる。フレデリックも慌てるように続いて立ち上がったが、視界が得た彼女の隠しきれていない肌に目の毒だと顔を逸らす。
お待ち頂けますかと早口で言い残し、フレデリックはその部屋を後にする。

フリットはまた一人になった部屋を視界に入れ、ソファを見た。汚れているなと、無表情の裏で事実を思う。
途中で意識を失ったが、気付いたときはソファに身を預けた姿勢で、身体の上にこのジャケットが掛けられていた。

目を覚ました直後は逃げなければと今の位置に移動して、他人の気配がないことにそこで気が付いた。
無意識に手にしたままだったジャケットの存在に目が行き、途中の記憶が無いということにフリットは絶望感を得て座り込んだのだ。

自分は悲鳴をあげていたのか、嬌声をあげていたのか、何を言っていたのか、全くと言っていいほど思い出せない。あるのは、男に何度も曝かれていたと、それだけだ。

しかし、ソファの汚れに反して自身の身体にこびり付いているものはない。だが、今になって手首に残っている痣に気付く。
何だこれはと疑念を持ったが、そういえば男のベルトで縛られた気がすると朧気に思い起こした。確か、隙を見て逃げようとしたのでそうされたのだ。

無理強いを押しつけてきたのに、最後に気を遣っている。何がしたかったのか。
解るはずもないと、フリットは白色を胸に押しつけた。












狼の様子がおかしい。ラーガンはこの三日間、ずっと首を傾げている。

事の始まりの日、ジャケットを羽織っていないウルフにどうしたと訊けば、女の部屋に忘れてきたとほざいたのだ。そういううっかりをするような男ではないが、たまたまだろうとその場では気に掛けなかった。

しかし、日を重ねるごとに落ち着かない様子を見せている。コーヒーを飲んでいる時にテーブルを指でしつこいほど叩いたり、会話の途中にも関わらず突然黙り込んで視線を別の方角に投げたりしているのだ。

仲間内では揶揄を込めて初恋じゃないかと騒ぎ立てる者もいたが、もしかして本当にそうなのではないかと、ラーガンは向かいに座るウルフを見遣る。

「なあ、ウルフ。恋人でも出来たのか?」

流石に初恋かと訊くのは失礼かもしれないと、そう切り出した。すれば、テーブルを叩いていた手が止まる。

「俺の伴侶は誰か、お前だって知ってるだろ」

ウルフが言っているのは白い自分専用の搭乗機のことだ。冗談か本気か判別しにくいが、だからこそ彼らしい答えだとも言えた。

「ついでに言うと、相棒はお前だ」
「ついででも光栄です。隊長殿」

少し棒読みで返してやった。此方が何かに気付いていると知った上で、自分から話を逸らし始めたウルフへの仕返しだ。
意図が分かったであろうウルフは苦笑の後に、顔ごと視線を横に放って黙り込んだ。

人目のある休憩室ではこれが限度かと、ラーガンは彼を連れ出す算段と人目の少ない場所があるか考えを巡らす。
思案の最中に休憩室の扉が開く音がして、その場の空気が緊張に包まれる。皆、一体どうしたというのか。ラーガンが視線を扉に向ければ、珍しい人物がそこに立っていた。
存在そのものが珍しいのではなく、彼女がこのような場所に来ているという事態が珍しい。

壁側を見ていたウルフはラーガンの様子に気が付いて、後ろを振り仰いだ。
ラーガンからウルフの表情が見て取れなくなったが、驚いている気配があった。

フリットは真っ直ぐに迷い無くウルフの席まで近づいて、立ち止まった。その手に白いジャケットを手にしていることに目が行って、ラーガンは疑問を抱いた。それは、ウルフ曰く、先日女の部屋に忘れてきたジャケットではないだろうかと。
ウルフが今身に着けているのは予備の同じ規格のジャケットだが、それと同じものを何故、司令官が持っているのか。

ウルフに視線を戻せば、緊張故か、肩を張っていた。上官に対しても大きな態度を取るウルフには珍しい動きだ。

「返す」

そう言って、テーブルにあるコーヒーのカップを避ける位置に、畳まれたジャケットをフリットは無駄な動きをせずに置いた。
返すということは貸していたのだろうか。更に疑問を得たラーガンは翠の瞳が此方に向いていることに気付き、立ち上がって敬礼する。

「ウルフ・エニアクル中尉と折り入った話がある。席を外して貰えるか、ラーガン・ドレイス中尉。他の者もだ」

最後に周囲を見渡してフリットは言った。
室内にいた者達は異議を唱えずに席を立っていく。ラーガンは暫し待ったが、ウルフとフリットを交互に見遣った後に休憩室の外に向かった。
ラーガンを最後に扉が閉じられる。二人きりとなった場でフリットから言葉を繋ぐ。

「中尉、君の方から出向いて来るのを私は待っていた」
「追って連絡が行くと言ったのは司令だったと思いますが」
「そのことではない。謝罪はないのか」
「謝罪して許されることか?」

座ったままだが、やっと此方の目を見たウルフにフリットは腕を組む。
あれが許されないことだと認識出来ているなら、適切な処遇をウルフはこの三日間待っていたのだろう。目を見れば分かる。

「許しはしない。だが、何故あんなことをしたのか、私に聞く権利もないのか?」
「司令官様みたいな仕事人間に言っても、理解出来るようなことじゃないだろうな」

そうかと返した後。僅かな沈黙を作ってから、フリットは今日までこのことを尋ねるべきか考え倦ねいていたが、理由が聞けないならば仕方ないと続ける。

「なら、これだけは本当のことを答えてくれ。あの日の記憶が、最後のほうだけ思い出せないんだ。私は、お前を、求めたか?」

訊くのが本当は怖い。歯切れから、それが伝わってくる。ウルフは奥歯を強く噛んでから、椅子を倒す勢いで席を立った。
フリットを近くに、向き合って本当のことを言ってやる。

「欲しいだなんて一度も言ってきてねぇよ。あんたの勝ちだ」

怒鳴りたいのを抑えた言い方にフリットは瞬く。それに、何時、自分と彼は勝負したのだろうか。
首を傾げるフリットに、こいつ天然入ってるのか?とウルフは口を挟む第三者がいなければ、自分の発言は完全に道化だと頭を抱えたくなる。

「まあいい。私が何か言ったわけではないなら」
「ずっと嫌だとか、やめろとしか言ってなかったからな」

頑なに自分を曲げようとはしなかった。抵抗や逃げを彼女が何度も試みようとするのを、意地になってねじ伏せてしまったことを苦く思うほどに。

「罰があるなら、さっさとやってくれ」
「………」

迷った様子を見せるフリットにウルフは顎を引く。
先程からフリットの匂いが此方にとって危うい。最初のうちは警戒に強張っていた匂いが、今し方、安堵に切り替わった。匂いは態度より雄弁だ。

「此処でまた俺に喰われても良いのか?」

実年齢より若く見える童顔が子供のように瞬いたかと思えば、彼女は休憩室内の監視カメラに視線を投げる。

「音声は拾っていないが、記録されるぞ」
「だから?」
「公開処刑にでもされたいのか?」
「構わん」

フリットの腕を掴めば、警戒の匂いが再び漂い、身体の震えが後に続いた。この場所なら二人だけになっても大丈夫だと思っていたのかもしれないが、自分にとっては好都合だ。
腕を引き寄せて、此方の胸にフリットを抱き寄せるようにした。最期くらいは良い思いをしておきたい。

「どうしてだ」

静かに呟いたフリットの声に見下ろせば、彼女はそっと顔を上げた。震えは僅かにまだある。

「中尉と私に接点は殆どない。それなのに、私のことでどうして、そこまで報いを受けようとしている」

気付かれていた。そのことにしくじりを思うが、日を置いてしまったが故に、フリットに考える時間を与えてしまったのだ。

フリットはずっと考えていた。身体を拭われていたこと。冷えないようにジャケットが掛けられていたこと。エースカラーでもある白は、誰か特定出来る確かな証拠にもなってしまうのに。
それと、ソファがある部屋に移動したのは、床などで行為に及ぶよりも身体を痛めないように配慮したからではないのか。

「ウルフ」

名を呼ばれ、ウルフはぐっと拳を握る。ソファの上で此方がフリットと、彼女の名を呼んだことは耳が憶えていたのだろう。
ウルフはフリットの両肩に手を置いて引き剥がすように押した。

何も教えてくれないウルフに、フリットは憤りに似たものを抱く。
だから、自らの右手から白いグローブを外した。フリットの素の右手が晒され、覗く手首に薄くなっていたが赤味のある痕を見つける。
彼女の素手が振り上げられ、ウルフは目を閉じた。
振り下ろされる。

左頬に痛みはなく、微弱な風圧が肌を撫でた。ウルフが目を開ければ、真っ直ぐに射貫いてくる双眸がそこにある。

「罰は与えた」

頬を平手が打つことはなく、寸止めした掌がウルフの頬に触れそうなほどゆっくりと近づいた。だが、触れずにその手は下ろされる。

「与えた?」
「充分反省しているんだろ。あれは男を慰めるために私が娼妓を買って出たことにすればいい。だから、君のすべき役目はこれからも軍務を全うすることだ」

どうなのだろうかと、フリットは思う。
これでこの男とはまた接点の殆ど無い関係に納まる。彼から、理由を聞くことが出来たなら別の答えだったかもしれないが、今と同じ答えになるような気もした。

こうしようと、昨日までに決めたのだ。予定通りに事が運ぶのは良いことだ。
話は終わったと、フリットは出入り口の扉に身体を向ける。だが、進行方向にウルフが立ち塞がった。

「この話は終わりだ。退け」
「あの程度の罰で許されるのは納得がいかん」
「許しはしないと言った。だが、それとは別に協議の末、互いの交渉上の落としどころは見えただろ」
「それはあんたが勝手に決めたことだ」
「勝手にしろと言っていたのはお前のほうだ!」

フリットはウルフを避けて扉に向かうが、肩を掴まれて進みはしなかった。

「処分は勝手にしてくれと言ったが、事実を勝手に変えろとは言ってねぇだろ」
「私が陵辱された事実を押しつけるな」

振り向いたフリットの表情にウルフは言葉を無くした。これは自分が傷つけた痕だ。

フリットは弱く、ウルフを睨んでから顔を背けた。肩を掴んでいる手も振り解いて、彼女は距離を取る。このまま扉へ向かって部屋を出れば、全て終わる。
だから。

なのに。
後ろから、抱きしめられていた。気付いたら、強く。
全身が粟立って、拒絶を示す。

「離せ……!」
「今から格好悪りぃこと言うから、黙ってろよ」

有無を言わせない声色にフリットは後ろの気配を窺いつつも、息を潜めた。
聞いておいたほうが良いのかもしれない。そんなあやふやなものだったが、それに従うことにしたのだ。
大人しくなったフリットにウルフは苦笑する。

「ずっと気になってた。司令官ってのはそういうものかもしれないが、いつも姿勢を崩さないばっかで、素顔が見たいと思った」
「……それが、理由だったのか?」
「もう一つある。むしろ、こっちが本題だな」

本当に格好が悪いと、ウルフは意を決する。

「お前の纏ってる雰囲気が、俺好みでタイプだった」

好きなタイプなど、好きになってみないと分からないものだなと、腕の中の存在を抱きしめて思う。もう少し派手なのが自分のタイプだと思い込んでいた。けれど、おそらくよりは確かな意味合いでフリットはどんぴしゃだった。

これでは、好きな相手に悪戯をする餓鬼だ。取り返しの付かない最悪なことをしたのだから、餓鬼以下だが。

「………」

何も言ったり尋ねてこないフリットに、彼女の顔を見るのは怖いと、自分の格好悪さに拍車が掛かる。
けれど、言えるだけ言ったら彼女を解放しようと思う。

「フリット。お前が好きだ」

だったと、過去形にするのは惜しくて、格好悪いものばかりだとウルフは腕を解いた。

フリットは自由になった身で、静かに立ち尽くしていた。
何か。初めて言われた。理解しようとするが、彼が言っていた通り、自分には上手く理解出来ないことだ。
理解するためにこれは知っても良いことなのだろうかと、フリットは身を動かす。

前に進まず、此方を振り向く初動を見せたフリットにウルフは身構える。今度こそ叩かれるだろうなと腹を決めて。
けれど、ウルフを迎え入れたのは痛みではなく、戸惑いの衝撃だった。

おずおずと手に余るといった仕草を手元で編み、気丈だった表情が困り。その頬が、全てが、蒸気するように淡く色づいていく。此方を振り向いたフリットは真っ赤だった。

「…ぁ、……見るな」

ここまで熱くなるとは本人も思っていなかったのか、顔を前髪ごと手で覆ったり外したりを繰り返している。左手に持っていた右手のグローブがぽとりと、床に落ちた。

なんだろうか。この可愛い生き物は。
自分が、ここまで崩し、引き出したと思っていいのかと、ウルフは驕(おご)りに表情が緩みそうになる。

「そんな、……言われたの、なくて、僕」

言葉が上手くまとまらないし、口元も震えていた。最後に墓穴も掘った。変だと思われると、口を歪め閉じる。
ウルフの顔をまともに見られないと、フリットは視界を下げていく。けれど、床を見る前に眼前が真っ白になる。
ジャケットの白が視界を覆い、此方の腰と頭が男の手に包まれていた。

「可愛いことばっかりするんじゃねぇよ」

気にしていることを尋ねられることはなく。ただ、肯定するようにそう言われた。
フリットはどうしようと困り果てる。これ以上は無理というほどにもう赤いのに、まだ火照る。

それに、自分と彼では歳が違いすぎるのにと思う。此方が年上で、もういい歳というのも過ぎている。
向こうは年下なのだと何度も内側で重ね、フリットはやっとの思いで自分を落ち着けて、ウルフの肩を押す。腕を緩めてくれたので、顔を向き合える形になる。

「私の勝ちだと言ったな。なら、もう一度勝負してくれ」

まだ何が彼との勝負で自分の勝利で終わったのか気付けていないが、彼の中ではそうなっているのだ。なら、その勝利権限でウルフに正式に挑みたいと思う。

この状況で、手合わせの申し込みをする女がいるだろうか。ウルフはまた頭を抱えたくなったが、彼女の言い分を聞いてみることにする。

「何で勝負するつもりだ?」
「モビルスーツの模擬戦だ」

そういえば、そんなようなことを言っていたなと思い出す。自分もその時、興味があると少なからず感情が動いた。

「それは俺も気になるところだが」
「ならば、決まりだ。お前が勝ったら、何でも言うことを聞いてやる」

未だに頬が紅潮したままのフリットに、会話の内容はそぐわないが、ウルフなりに心は躍り始めている。

フリットは気持ちを緩めた。彼に敗北があるなら、挽回のチャンスを与えるのが年上としての役目だろう。
何でもとは言ったが、此方が可能な範囲でというのは言わなくても分かっているはずだ。無理矢理でないなら、そういうのも、していいと思っている。いつの間にか身体の震えもなくなっていることに気付いて、フリットはそう考えることが出来た。
けれど、負けるつもりはなかった。彼がどれ程のやり手なのか、真剣勝負で測りたいと意気込みが内にある。

「だったら、前倒しで少し味見させろ」

言っている意味が分からなかったが、模擬戦で勝つのは自分だと宣言されている、と受け取っていいのだろう。
強気な男だと、距離を縮めてきたウルフに対してフリットは逃げなかった。







休憩室の通路側の前で、ラーガン達は腰を屈めて耳を扉に押し当てていた。
大半の者達は自分の持ち場に戻るか、別の休憩可能な場所に移動して行った。此処に残るのはラーガンと、ゴシップ好きとその付き合いで残っている数人だ。

中の音が拾えるほど薄くはないかと、ラーガンは耳を離す。かれこれ二十分は経ったよなと頭を掻く。
此処で立ち往生している間に思い出したのは、ウルフがアスノ司令に呼び出されていたことだ。丁度、三日前。ウルフの挙動に異変が出たのも三日前。
何しでかしたんだかと、ラーガンは扉横に手をついた。そして、扉が開かれた。

「あ」

開閉スイッチを押してしまったようだ。扉に耳を当てていた者達は低い悲鳴を上げながら室内に雪崩れた。
床に顔を打ち付けたであろう彼らに謝ろうと、覗き込んだラーガンの目は信じられないものを映してしまう。

抱き合う男女が濃厚に唇を重ねている状態で、固まっていた。
固まっていたのは正確にはフリットだけと言えたが、彼女はウルフを引き剥がして、雪崩れ込んできた彼らを捉えると、怯んだように一歩下がる。けれど、直ぐに前に出て口元を押さえると、ラーガンの横を慌てた様子で通り過ぎていった。

コート型のジャケットに足を取られそうになり、危なっかしい後ろ姿を目にした後。ラーガンは室内のウルフに顔を向ける。
彼は床に落ちていた白いグローブを手に取り、テーブルに置いたままになっている返されてきたジャケットの上にそれを載せたところだった。

雪崩れていた彼らが立ち上がる動作をしている間にラーガンは室内に入っていき、ウルフの傍らに立った。

「手癖悪いな」
「何とでも言え」

そういう関係になったと認めるわけか。と、腑に落としながら、倒れていた椅子を直してそこに腰を下ろしたウルフを見遣る。

司令の姿を見掛けると、視線で少し追うことが狼にはあった。だから、意外はないのだが、アスノ司令は苦労するだろうとそんな予言を浮かべる。
それに、これから質疑応答の応酬が始まるのだろう。後ろを振り返るのが怖い。

ウルフはラーガンの後ろで黒い固まりになって目を光らせている彼らに恐怖は感じない。それ程までに浮き足立っているのが自身で分かり、重症さに悪くないと独りごちた。





























◆後書き◆

エロより恥ずかしい告白シーンを目標に。
またにょたフリットが所持品を落としていきまして。私は何度シンデレラごっこをしているのでしょうか…。

Unordnung=狼藉

更新日:2013/10/06








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