◆Geschwindigkeit◆









「え?フリットはやらないの?」

清楚という言葉が似合う黒髪の少女、ユリンは表情を曇らせる。そんな彼女にフリットと呼ばれた少女はぐっと詰まった。
そんな二人の様子に後一押しだとエミリーは心の中で両の拳を握る。

「フリットと一緒なら楽しいだろうなって思ってたんだけど」

でも、嫌ならしょうがないよねと、ユリンは悲しい顔をしてはいけないと自分に叱咤して大丈夫だとフリットに笑顔を向けた。けれど、その笑顔の眉は下がっていたが。

ユリンは身寄りが無くて“ノーラ”の養護施設にいる。だが、彼女を引き取りたいという大富豪が現れてジュニアハイスクールを卒業したら別のコロニーに引っ越してしまうのだ。一緒にいられる期間は残り僅かだった。だから、思い出作りをしたいというユリンの気持ちにフリットはちゃんと気付いていた。
けれど、ユリンやエミリーが一緒だとしてもこればかりはと億劫にならざるを得ない。

ユリンの笑顔は見たいけれどと、フリットが何も口に出来ないでいれば、エミリーがユリンに近づいてその耳元で何事かを呟いた。
それで良いのだろうかとユリンは疑問に思いつつもエミリーに言われたように両手を願うように胸の前で指を絡め合わせて小首を傾げる。

「私と一緒だと嫌?」

不安そうな上目遣いでユリンにそんなことを言われれば、フリットは嫌だとは言えず、顔を横に振るしか無くなる。

「そんなことないよ!」

焦ってそう口にしたフリットにエミリーは待ってましたと言わんばかりにフリットとユリンの手を取り、自分を中心にぎゅっと握る。

「それじゃあ決まりね、三人でレースクイーンやるわよ!」
「え?」

まんまと乗せられたフリットは携帯端末を手にモビルスポーツ組合のサイトにレースクイーン登録を手早く済ませるエミリーを止められずに肩を落とした。





今年のモビルスポーツグランプリレース開催コロニーは“ノーラ”であった。
コロニー国家戦争でコロニー自体の強度が高いA.G.歴では、コロニー内でモビルスーツがホヴァリングしたり体当たりしてもその周辺が揺れるだけで全体への影響は無いに等しい。故にモビルスポーツという競技が成り立っていたし、娯楽としても盛んである。

モビルスポーツのメンテ用として設けられているピット近くの一角では各チームに雇われているレースクイーンが誰かに傘を差していたり、ファンサービスでカメラの撮影に応じていたり、ステージトークの練習をしていたりと様々だが、皆が齷齪(あくせく)しているのは共通していた。

けれど、そんな周囲の忙しさに巻き込まれていない三人の少女がいた。彼女達はスポンサー専属のレースクイーンではなく、人手を補うためにこのレースの主催者である組合が募集で雇った人員である。
三人はそれぞれ同じデザインの衣装を身に纏っていたが、衣服に施されたラインのカラーは三者三様であった。

「レースが終わるまでこの格好なのはちょっと恥ずかしいね」

パープルのラインが入った短いスカート部分を揺らしたユリンがそう言えば、フリットも確かにと頷く。
周りの二十代であろうレースクイーン達はビキニと言っていいほどの格好で、流石にそこまでではないものの背中ががら空きの水着のような衣装はどうも心許ない着心地だった。それ故にユリンはいつもの三つ編みをせずに長い髪を下ろしている。
それはそれでいつもと違う雰囲気のユリンを目に出来てレースクイーンをやることになったのも悪くはないかとフリットは思えた。

レースは既に始まっており、フリット達が歩いているメンテ用のピットには何処にいても目に入る数カ所に設けられたモニターに現在のレース状況が映し出されていた。白熱気味で早口ながらも滑舌の良い実況アナウンサーの声と時折落ち着いた様子でいる解説者の声がスピーカーを通して頭に響いてくる。
最初のうちは来賓客へのお茶出しなどをしていた三人だが、その場は人手が足りてきたこともあり、別のところで人手を必要としているかもしれないから休憩ついでに見回ってきて欲しいと頼まれて飲み物の入ったクーラーボックスを手にして現在に至る。

「みんな忙しそうだけど、私たちが出来ることはなさそうね」

ピンクのラインが入ったショートブーツの折り目を直し終わったエミリーが再び周りを見渡しながら言う。荷物運びとかならば出来るが、そういうのを必要としている人はいなさそうであった。
パーツ交換をするためにピットインしてくるモビルスーツの数も増えてきており、役立つどころか邪魔になってしまうだろうと三人が踵を返そうとしたところで嘆きの大声を放つ肉声がスピーカーの実況を掻き消すほどの音量でフリット達の背中を押した。

「おいおい!右腕と右足ごっそり交換しろってか!?」
「仕様がないだろ。フォックスの奴が幅寄せしてきたんだから」
「何で俺が手掛けたメカ同士でぶつかり合うんだか」

モビルスーツ工房の工場長を務めているムクレド・マッドーナは白くカラーリングされたシャルドールのカスタム機、シャルドールGの拉(ひしゃ)げた右腕と右足を見て頭を抱える。

「お前さんの注文はいつもピーキーすぎるし、この間マスターアップしたばかりで同じパーツが無いってのに」
「無理そうなのか?」

シャルドールGのパイロットはムクレドの言に棄権の文字が脳裏を過ぎって、最後までレースに参加出来ないのは上位になれないよりも悔やまれると眉を詰める。

「俺を誰だと思ってる、無理じゃないが無茶はする。このカスタムが出来上がるまでに試作してたパーツはいくつか持ってきてるからな」
「流石」

褒めてもパーツ以外は出さないからなとムクレドは素早く整備士達に指示を出し始め、シャルドールGの周囲を整備士達が取り囲む。
シャルドールGのパイロットであり、モビルスポーツグランプリレースの連続優勝記録を伸ばし続けているウルフ・エニアクルはムクレド達の作業が終わる前に水分補給をしようと思った矢先に目の前にドリンクボトルを差し出されて反射的にそれを受け取りながら礼を言い、蓋を捻った。
だが、自分を雇っているスポンサーは此方の女癖の悪さから雑用を兼任するレースクイーンを雇わなくなったはずだがとボトルを差し出して「どうぞ」と言った声の主をちゃんと視界に入れる。

ドリンクボトルを手渡してきたのは柔らかな草色の髪にその色と同じグリーンのラインが入ったレースクイーン用の衣服を着た少女であろう。その後ろにも少女と同じデザインの衣装を身につけている子が二人いた。此方は黒髪と金髪だ。

「お嬢ちゃん達はどこのスポンサーだ?」

いくら女癖が悪いからと言っても自分のところのスポンサーは未成年を雇ったりはしないだろうとは思ったが一応確認のためにウルフは訊ねた。
もしもスポンサーが未成年を雇ったなら何かあったら問題になる。内心ではこんな餓鬼臭いのには雄の本能が反応しないから別に関係無いかとも結論付けたが。

「僕達はレースの主催側が募集していたボランティアに申し込んだだけなんで、スポンサーはいませんけど」
「ああ、成る程」

大方、暇になったので見学か見回りついでに手伝いだとかそんなところだろう。それにしてもと、ウルフは此方から話し掛けたのにも関わらず平然としている少女の様子に他の奴らとは違うなとそんな感想を胸に抱く。後ろの少女二人からでさえ緊張した空気が伝わってきているというのに、目の前の少女は真っ直ぐに自分と目を合わしていた。
レースなどの娯楽に興味のない人種であることは確かなのだが、何故か気になった。

「お前、名前は?」
「フリット・アスノです」

フリットは瞬いたが、素直に名前を口にする。相手が有名人らしいというのは後ろから聞こえるエミリーとユリンの会話から伝わってくるので、名前を尋ね返すのは失礼になるかなとフリットは後で確認すればいいかと視線をシャルドールGに向けた。
フリットの視線を追ったウルフは興味があるのはあっちらしいとドリンクボトルに口を付けて一口飲み下した後に口を開いた。

「近くで見たいなら見て来ていいぞ」
「良いんですか?」
「まぁ、邪魔にならん程度にだが」
「……有り難う御座います」

気付かれたことに驚きよりも気恥ずかしさがあって、フリットはウルフと視線を合わせられないまま礼を口にした。
一度ウルフに頭を下げたフリットがシャルドールGの方に向かうのをエミリーは呆れた顔で見送る。

「モビルスポーツには興味ないような顔してたのに目の前にするとあれなんだから」
「でも、フリットらしいよね」

肩を竦めるエミリーの発言に同意しつつ、ユリンは微笑む。レースクイーンの件は無理矢理フリットを巻き込んでしまった形になってしまったので申し訳ないと思っていた。だから、フリットの様子には素直に嬉しいとユリンは感じた。

「お嬢ちゃん達も見たいならどうぞ」
「いや、いいです。私は」
「わ、私も」

二人して両手を振って遠慮する仕草に可愛らしさは感じるが、やっぱり無いとウルフは思う。それなのに次には視線をシャルドールGではなくフリットと言う少女に向けたのは何故だったのか。





パーツの換装が無事に終わり、初動チェックのためにウルフはシャルドールGのコクピットに収まり、コクピットハッチから顔を覗かせるムクレドの説明を受けていた。

「途中で不具合があったら、一周は保たせろ」
「相変わらず無茶な注文だな」
「お前もだけどな。それよりウルフ、いつの間にアスノの人間と知り合いになってたんだ?」

アスノって誰だと疑問が浮かんだが、すぐにあの少女のことだと思い出したウルフはムクレドがフリットのことを知っている口振りなのが気になった。

「さっき、飲み物くれただけだが。おやっさんが知ってるほどの有名人か?」
「アスノの名前は俺達同業者なら皆知ってるさ。モビルスーツ鍛冶の家系だからな、あそこは」

鍛冶屋が工房とは一線を画した技術を持っていることはウルフも耳にしたことがある。銀の杯条約で表立つことはなくなっており、別の職に就いた鍛冶屋も多いと聞いていたがムクレドの言からまだモビルスーツ鍛冶を続けている家系だと分かる。
もう少し訊ねたい気もしたが、レースはこの間にも進行している。会話に区切りを付けたウルフはシャルドールGをピットアウトさせてレースに舞い戻った。





メンテ用のピットを一通り見回り終わったエミリー達は来た道を戻ろうとピットを出て行こうとする。けれど、ふと、モニターの映像に目をやったフリットが立ち止まったことに気付いてユリンが立ち止まり、エミリーも「どうしたの?」とフリットを振り返る。
フリットの視線の先にあるモニターを二人も見れば、先程の白いシャルドールが映し出されていた。

「不味いな……」

呟いたフリットはユリンとエミリーに先に行っててくれと残して、ピットの中枢部に向かってしまった。
ユリンは首を傾げたままだが、エンジニアの祖父からモビルスーツについての知識を人並み以上に得ているエミリーはフリットほど直ぐには気付かなかったが先程のシャルドールの異変は見て取れた。





白いシャルドールはムクレドが言った通りに一周は保たせたが、右腕からは火花と煙が立ち上り始めていた。流石にこのままピットに入るのは危険かと躊躇している時にムクレドからの通信に応答許可を出す。けれど、予想していた人物以外がウィンドウに映ったことに一瞬面食らう。

『右腕の組み込みシステムのリアルタイム制御が完了しきっていなかったんです。そのままだと関節部が熱暴走で融解してしまうので外せますか?』
「外した後はどうすればいい」
『肩から外せば煙も消えますから持ってピットに入って下さい』
「了解」

モビルスーツ鍛冶だと聞けば、指示を出す少女にウルフは疑いの眼差しを向けるつもりはなかった。右腕を切り離し、左手でその手を掴む。
そのままピットに入れば、右腕は即座に整備士達に取り上げられた。状況を訊こうとコクピットハッチを開ければ、脚立を登ってきていたフリットが断りもなくコクピットに入ってきた。

「何をする気だ?」
「時間、無いんですよね?」

此方の質問には答えずにそう訊ねてきたフリットに「それはそうだが」とウルフは返す。フリットはウルフが座る横のスペースに身を収めて、手の平サイズの小型機械を取り出してコンソールに押し当てた。
コンソールからタッチパネルを引き出してシステムを書き換える指の速さはウルフが今までに見て来た中でも上位の類だった。

「換えのパーツは無いそうなんで、制御バランスを組み替えました。ノーラの慣性重力にも合わせてあるので違和感は無いと思いますよ」

それだけ言ってコクピットから出て行こうとしたフリットの背中を華奢だなと感じて見送るつもりだったのに、その腕を掴んで自分へと引き寄せた行動に我ながら驚くが、理屈ではなかった。

「な、何するんですか!?」

案の定此方を見上げて抗議する声にウルフは落ち着けとその頭を撫でる。その感触に癖になったら厄介だなと独りごちて、コクピットハッチを閉ざす操作をしながら言う。

「時間が無いって言ったろ。二人乗りは違反じゃないしな」
「そうは言っても……邪魔じゃ、ないんですか?」

フリットはウルフの膝の上に乗っている自分を自覚してこれでは操縦しにくいだろうと思う。理不尽な行動を起こした相手への訝しみはあるものの、機体の次にパイロットを考慮してしまうのはモビルスーツ鍛冶の性だった。

「遠慮するな。まぁ、レースも終盤で攻撃的な奴増えてくるから衝撃に備えて掴まってろよ」
「掴まるって何処に」

既にピットアウトしてしまい、降りる機会を逃してしまったフリットはこのまま付き合うしかないのかと、エミリーとユリンには後で謝らないといけないなと考えていた。だが、掴まる場所を指定してきたウルフに考え事を中断させられる。

「俺に決まってんだろ」
「ッ、それはちょっと」
「生娘みたいな反応すんなって。ボーイフレンドくらいいるだろ」
「……僕、軍に出入りしてるんでクラスメイトとはあまり」

視線を落とすフリットに聞き入りすぎたらしいとウルフは彼女と視線を合わせずにその頭をもう一度撫でた。
顔を上げたフリットはウルフが此方を見ていないことに気付いて強引な性格の人だと思っていた考えを改める。自分の頭を撫でる手をそっと退けて、フリットはウルフの肩上に手を伸ばした。

「これで、良いですか?」

首の方に腕を回してぎゅっと身を寄せてきたフリットの頬は赤みを増していて、手慣れていないことは明白だった。

「上出来」

ウルフはフリットに対して抱き始めた感情を表には出さずに、いつも通りのレーサーとしての顔をした。
推進用バーニアでホヴァリングするシャルドールGの第一歩は軍用のモビルスーツであるジェノアスを操縦したことがあるフリットでさえ重みを感じる速さで、確かに掴まっていないと不安になるとウルフに更に密着する。

シャルドールGは右腕を失っているにも関わらず、模擬弾を全てシールドで防ぎ、レースというよりも乱闘に近い混戦を巧みなホヴァリング捌きと時には人間と同じように二足での快走で駆け抜けていく。
フリットは後続のモビルスポーツの動きまで把握しているウルフに対して素直に凄いと感じた。
そのままゴールまで独走するかと思われたが、黄色に豹柄のラインが入ったシャルドールがウルフのシャルドールGに並んだ。

「ジャガーの奴か、相変わらずスピード重視の軽装甲だ」

だが、腕を失っている右側を取られたのはミスったとウルフは眉間に皺を刻む。

「腕、放すなよ」

フリットに向けた言葉は正しく彼女に伝わり、これから起こる衝撃に備えるように身体を此方に寄せ直したフリットにウルフは失敗は出来ないと決意する。

ジャガーのシャルドールが体当たりの初動をした瞬間に、ウルフのシャルドールGは止まって両膝を曲げる。そこでバーニアの出力を上げて噴かし、足の各関節をバネ代わりに跳躍する。
体当たりをし損ねたジャガー機が直線上に来たところで、その背部に白い脚部が着地と同時に再び跳躍した。

黄色いシャルドールが地に伏したその数秒後、白いシャルドールがゴールを突っ切り、停止するためにカーブを曲がる車のように足を回した。

終わったと、フリットはウルフから腕を放して彼の膝から退こうと身を起こしたが、今度は背中をウルフに預けるような形で再び座らされた。

「あの、まだ何か」
「確かめたいことがある」

何を確かめるのだろうかとフリットが首を傾げれば、腹部に腕を回してきたウルフはフリットの項に舌を這わせた。
滑った感触にフリットは驚愕と共に逃げようとした。けれど、相手の腕の力は自分ではどうにも出来ないほどの逞しさで逃れられない。

「放して、ください」

泣きたいのをどうにか抑えてフリットは震える声で悲願した。それでもウルフはフリットを手放そうとはせずに鼻を彼女の耳裏に押しつけるようにしてすんすんと揺らした。

身体が熱を持ち始めてくる感覚はフリットが知らなかったもので、戸惑いが強く残る。
身動きがろくに出来ないまま、フリットは首と肩の付け根を甘噛みされて身体をひくつかせた。
悪い人でも怖い人でもないのは今までのやり取りの中で何となく分かったつもりだったが、彼の行動の先にあるものが分からなくてフリットは硬く目を閉じる。

「悪くないんだよな」

ぽつりと漏らしたウルフの言葉にフリットは瞼をゆっくりと持ち上げて、首を巡らせてウルフを振り返った。
ウルフの表情は何か考え事をしているというか、思案に思案を重ねて答えを探しているようであった。

「フリット」

初めて名前を呼ばれたことに喉が詰まるような感覚が胸に来て、フリットはウルフから視線を外した。
息を飲み込んでも詰まりは拭えず、身構える。

「味見じゃ足りない」

頤を持ち上げられて何処を塞がれようとしているのか理解する。このまま流されてはいけないと、フリットは自分の手でウルフの口元を塞いだ。

「待ってください。僕、貴方の名前も知らないのに」
「……ウルフだ。ウルフ・エニアクル」

此方の名前を知らないのは予想の範囲内だったので、ウルフは口を塞いでいるフリットの手をやんわりと外して名乗る。
けれど、名を知れば良いというものでもなく、此方の頬を捉え直したウルフに駄目なんだとフリットは身じろぐように顔を背けて距離を取ろうとウルフの胸に手を置く。

「ウルフさん、あの、僕はまだ」

その続きは強制的に開かれた通信画面に閉ざされることになる。
まだの後に続かせようとしていた言葉はフリットにとって恥ずかしいものであり、言わずに済んだことに安堵するも、これで良かったのだろうかという気持ちも残った。

『何やってんだ、お前さんは』

呆れを含んだムクレドの声にウルフは何とでも言ってくれと白を切る。ウルフの態度に彼の膝に収まっているフリットにそこに居たのかと思うと同時に可哀相にと眉を歪めたムクレドは用件を口にする。

『ウルフ、優勝したならさっさと降りてファンサービスとインタビューに応えて来い。報道の奴らこっちにまで来てて面倒なんだよ』
「そりゃ悪かった」
『だいたいなぁ、コクピットに女連れ込むなんて前代未』
「分かってる。降りれば良いんだろ、降りれば」

ウルフはコクピットハッチを開いてコクピットを傷つけないようにしながらも抵抗の素振りを見せたフリットをいとも簡単に横抱きに抱き上げると外に出た。

報道陣が二人を取り囲み、フラッシュと質問責めの嵐にフリットはたじろいでしまう。
その様子にウルフは報道の人間達を掻き分けるように堂々と歩を進め、レースの主催関係者以外立ち入り禁止のところまで来るとフリットを下ろした。

「付き合わせて悪かったな」

ウルフはフリットの頭を乱暴に撫でてから踵を返して報道陣の中に飲まれていった。
フリットはその後、エミリーとユリンに何故シャルドールに乗っていたのかと訊かれただけで、報道の人間らしき者から話し掛けられることはなかった。ウルフが上手く手を回してくれたのだろうと思い、その日が終わるまでの間はフリットにとって平穏であった。その前に平穏ではないことがあったとしても。





だが、次の日の朝。トップニュースでウルフに抱き上げられている自分の映像が流れているのを見て危うくホットミルクを吹き出しそうになる。

キャスターがあの少女は何者なのかという問いをゲストに投げかけ、ゲストが当たり障りのない返答をしていれば、キャスターに緊急を知らせる紙がスタッフから手渡される。
嫌な予感に現実逃避しようとトーストにマーガリンを塗り始めたフリットだったが、耳に入ってきたキャスターの言葉にバターナイフをトーストに突き刺した。

『熱愛報道の相手が分かりました!彼女はモビルスーツ鍛冶として有名なあのアスノ家のご令嬢で』
「……ねつあいって何だよ」

素性もばれているし、これでは外を歩けないではないかとフリットはトーストに齧り付いた。
しかし、これからはウルフという人間と関わるような接点は無いからその内ニュースも新しいものに変わり、これは過去になる。そのはずだった。
数日後、アリンストン基地にウルフが姿を現すまでは。

「何で男みたいな格好してるんだ?」
「貴方に文句を言われる筋合いはありません」





























◆後書き◆

この話の設定
・火星移住計画が成功(火星住めたー)しているので、UEはいません。
・コロニー「エンジェル」も「オーヴァン」も平和なはず。
・でも連邦軍があり、ガンダム開発中。
・フリット、エミリー、ユリンが同じ学校に通っています。
・ウルフは現役レーサー。
・年齢設定はフリット編と同じ。

海と水着でキャッキャウフフな話書きたいねんと思って、ベースになるであろう設定の話がコレ。
まだ書き始めてもいない水着話はフリットちゃんを大学生ぐらいにしたいなぁと考えています。

Geschwindigkeit=速度、スピード

更新日:2012/08/19
拍手掲載日:2012/07/16








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