◆FORFEIT◆









ブリッジの指定席の椅子にポスンと軽い身体を座らせてミレイナは納得のいかない顔で首を捻り続けている。
さっきから同じ様子の娘にイアンはやれやれと肩を竦め、イアンの様子にラッセは苦笑しながらプトレマイオス2の進路をアザディスタン王国に変更するべく、舵(かじ)を取った。

「オトメの勘が外れるなんて。結構当たるのにです」

「お前はまだ子供なんだから、そんなことに首を突っ込まんでも」

アザディスタンの皇女と刹那が会ったのは四年以上も前のことだろうしな、とイアンも二人の関係を考えるがやはり刹那とマリナにどうこうあるとは思えなかった。
勿論それは根拠があり、刹那に構っていた男が脳裏にちらつく。

「そういうお年頃なんですぅ」

お父さんオヤジ臭い、とミレイナはフイッと二つに結んだくるんと巻かれたテールを揺らしてイアンから視線を外して操縦席に座るラッセに目を止める。

「アイオンさんはどう思います?」

「さあな。でも、刹那が揺らぐことなんて無さそうだ」

素直な感想を述べれば、ミレイナは益々首を傾げた。
ラッセの言い分では刹那には思い人が居るようなことが伺える。しかし、それがマリナではないことは明白。

「それってセイエイさんには好きな人がいるってことですか?」

「そういうお年頃なんだろ?」

揚げ足を取られてはぐらかされたことにミレイナはむすっと不機嫌な顔をしてモニターを弄り始めた。
ミレイナが話題を振らなくなって安堵したイアンはラッセの横に移動して進路の調整の話し合いを始める。

ミレイナがカタカタとキーボードやモニターのタッチパネルを叩いて進路の方角や周辺に岩などがないか確認している作業をすると同時に各部屋の様子を伺えばマリナは一人で海中を眺めていて落胆する。
流石にもう勘ぐるのは止めようとマリナの映る画面を閉じたが、その下にあったMSの格納庫の映像にミレイナは気付いてしまった。
ロックオンと刹那の姿に。

今のロックオンが以前のガンダムマイスターの弟ということはミレイナも彼が来た時にイアンやフェルトの様子が可笑しかったのでそれで訊ねた時に知った。
瓜二つだなと父であるイアンは語り、ミレイナはそんなに似ているのだろうかと重ねて訊ねれば、イアンは残っている映像を少しだけ考えてからミレイナに見せた。
本当にそっくりだというのがミレイナの感想である。

しかし、ミレイナはロックオンに対して以前のロックオンと中身や戦闘センスの比べようがなくて、先日救出に成功したアレルヤとの再会とロックオンを歓迎したみんなの対応にズレがあることの方に違和感を覚えたくらいだ。
ミレイナと同じように変わらない態度をとっていたのは刹那だけだった。

そこで「あれ?」とミレイナは目を瞬かせて、何かに気付けそうだと格納庫にいるロックオンと刹那の様子をモニターの中に見る。






















ロックオンはフェルトとのやり取りが引っかかったままで、与えられた自室に戻っても安らげず、再び射撃の訓練でもしようとハロを足下に転がしながら一緒に格納庫に足を運んだ。
しかし、そこには先客がいてロックオンは挨拶がてら手を挙げて「刹那?」と確認を取れば、格納庫で自分の機体ではなく、ケルディムを見上げていた刹那はロックオンに視線を移して頷いた。

整備師でもない刹那がダブルオー以外のガンダムの前に立っていることは珍しく、ロックオンは頭を掻きながら訊ねる。

「もしかして、俺に何か用?」

「フェルトを泣かせるな」

そう言って刹那は用は済んだとばかりにロックオンに背を向けて立ち去ろうとしたが、ロックオンに腕を掴まれる。
刹那もロックオンがそのまま突っ立ったままならば、必要でもそれ以上何を言っても無駄だと思っていたからこそ立ち去ろうとしたが、ロックオンが引き留めたので振り払うことをせずに振り返った。

刹那は何も言わずにじっとロックオンを見上げ、ロックオンはその視線に居心地が悪くなるが、一方的に言いたいことを言われて心の中が騒がないはずもなくて刹那を睨む。

「俺はもうたくさんなんだよ」

それが何を指しているのか刹那はちゃんと理解して口を開く。

「恐れているのはお前の方だ。ロックオン」

「何を」

「フェルトはお前が怖いんじゃない。ニール・ディランディと同じじゃないことくらい分かっている」

「同じじゃないから比べてるんだろう」

俯いたロックオンに刹那はそのブラウンの髪に手を伸ばそうとした。
あの人にしてもらったように。

けれど、髪に触れた直後、ハロがパタパタと腕が収納された耳のような蓋の開閉をしてぴょんぴょん跳ね出した。

【セツナ、ロックオン好キ、ロックオン好キ】

刹那の手は動きを止めて、ロックオンはハロを凝視した。

【ロックオン、セツナ好キ、セツナ好キ】

ハロの言うロックオンが自分ではないことくらいロックオンは理解している。
フェルトの時もそうだ。ただ、彼女からの視線は感情が乗っていたからハロに指摘される前から分かっていた。

けれど、目の前の刹那までそうだとはロックオンは思っていなかったのだ。
「好き」がどの部類なのか確信は持てなかったが、刹那が珍しくハロの発言に驚いた様子を見せているのが何よりもの証拠だろう。
仲間や友人の「好き」ならこんな反応はしない。

更に兄までその想いに応えていたのかと思うと少し嘆きたい気分に陥る。
目の前の刹那は男だし、細いが女のような柔らかさは全く感じられない。
けれど、無性に苛つく感情は抑えようがなくてロックオンは刹那の肩を掴んで刹那を壁に追いやった。

刹那の顔の横で両手を壁につけてハロやガンダムが刹那の視界に入らないようにしてやるが、刹那は無表情にライトの逆光になって暗くなったロックオンの顔を見上げるだけで焦りや動揺を見せない。
それが余計にロックオンを苛立たせて、刹那の唇に自分のそれを押し付けた。






















ブリッジの扉が開いた音にミレイナはビクリと肩を揺らした。
安定した靴音を鳴らしてティエリアはミレイナの後ろを横切る。

「イアン、アザディスタンにはどれくらいで到着する予定だ?」

「ん?そうだなぁ、停留せずに行けば丸二日ってところだろうな」

「分かった。手間をとらせたな」

「いや。にしても、ティエリアが反論の一つもしないとはな」

刹那がプトレマイオスの進路をアザディスタンに向けると言った直後、ティエリアは咎めるように刹那を一度呼んだだけで文句は何一つ言わなかった。
マリナを救出しても良いとティエリアが自分から仕掛けたのだから、ティエリア自身からすればプトレマイオスの進路をアザディスタンに向けると刹那が言い出すことを予測できなかったわけでもない。

イアンの苦笑にティエリアも柔軟な考えをするようになった自分を知らされたようで微苦笑を返して、ティエリアはブリッジから出ていこうとすれば、視界にふと入ったミレイナの顔色が悪いことに気付いた。
他人の顔色なんて気にしたことなどなかったはずなのに、ティエリアは何か嫌な予感と共にミレイナに歩み寄る。

「ミレイナ、どうし…」

「あッ、ご、ごめんなさい、私、」

「何処だ!ここはッ!?」

ミレイナの顔を伺おうと覗き込もうとした視線は、先にモニターの映像を取り入れ、ティエリアはズームアウトしていない画面では場所の特定が出来ないとミレイナに焦ったように問い掛ける。

「ガンダムの格納庫…です」

答えを得た直後、ティエリアはブリッジから走るように格納庫に向かった。
ティエリアの常にない焦りようにイアンとラッセは何事だと顔を見合わせて、ミレイナの後ろからモニターを覗き込み、イアンは頭を抱えてラッセは視線を逸らした。






















流石に男色でもないロックオンは口内に舌を入れることはしなかったが、たっぷりと時間を掛けて刹那から離れる。
屈辱や怒りに染まっている顔を見てやろうとロックオンが壁から手を離して刹那を見下ろせば、予想に反して刹那は全く表情を変えることなく感情の見えない表情でロックオンを見据えていた。
泣いて怒って拳の一つでも飛んでくればロックオンも次にどう行動するかの選択肢はあったが、これではどうしようもない。

泣けばその程度だと鼻で笑える。怒れば言い返してやれる。殴って逃げるならさよならだ。
なのに、何故何も感情を出さない。

「気は済んだか?」

ロックオンの頭にカッと血が上る。

「ッお前!何様のつもりだよ!」

壁にロックオンの拳が叩き付けられ、刹那は音がした方に視線を一度動かしてからロックオンを見上げた。
瞳の色は一緒でも、見つめられる色は違う。

似たような色は銃口を向けられて敵を撃たせろと言われた一度きりだが、今のロックオンは憎しみを乗せているわけじゃない。
信じていない。そして刹那自身もまだロックオンを信じられない。

「お前がしているのは自虐行為だ」

「そんなこと…」

分かっているのだ、言われるまでもなく。ロックオンも。
ニールと同じ顔でなければ、同じ声でなければ、歳さえ離れていたなら。
こんなにも劣等感を覚えることなんてなかった。

誰よりも思い知らされているのはロックオン自身であると、刹那は少しだけ悲しそうな顔をしてロックオンの頭をぎこちなく、不器用に撫でる。
ロックオンは驚いたように刹那を見下ろして、寄り掛かるようにその行為を不思議と受け入れていた。

「刹那!」

第三者の声にロックオンは驚いて刹那から身を離した。

「ティエリア…」

刹那が呼び掛けるも、ティエリアは刹那が見た目に傷ついていないことを確認しただけで直ぐに視線をロックオンに向けて険しい表情で睨み付けた。
ティエリアの凄みが訓練の時よりも深くてロックオンは顎を引く。
そのまま無言の睨み合いが続いたが、ティエリアはロックオンに背を向けると刹那の手を取って格納庫から出ていった。
彼の態度にロックオンは眉を歪めてハロを見下ろす。

「あれは?」

【ティエリア、セツナ認メナイ、認メナイ。デモ、タイセツ、タイセツ】

単純な単語を分かりやすく並べるハロからあべこべな言葉が出てきてロックオンはさっぱり理解出来なかったが、刹那の手に撫でられた名残がある髪を右手で撫でつけ、悪くはないとハロを抱き上げた。



























『forfeit』剥奪、喪失。

書いている自分がショック受けてます…。
ライ刹で上手くいく話は書けないと思うのでライルの一方通行で終わるとは思うんですが。
ちゅーしちゃったよ、うわー(棒読み)

刹那とマリナのところにフェルトが泣いたまま走ってきてしまって、刹那見つけて抱きついて色々あってから、刹那はロックオンのところへ殴り込みに来ました。

後書きの下にティエリアと刹那。
ちょっと薄暗くなるので後味の保証は出来ませんが。



更新日:2008/10/29



























「刹那、あの男に気を許すな」

ティエリアは格納庫から大分離れたところで立ち止まり、刹那を振り返った。

「…ロックオン」

ティエリアが「あの男」と言ったのが気に食わなかったのか、刹那は訂正を入れたが、ティエリアが今訊きたいのはそんなことではなかった。

「彼を呼ぶ名前を奪われても良いのか?」

「奪われたんじゃない」

ロックオンの名を選んだのはロックオン自身だ。
刹那はきっかけを与えたにすぎなくて、彼がロックオンの名を自ら口にしたときから彼はロックオンなのだと。

それでも消えてしまったロックオンを呼ぶ術を無くしたことに変わりはないとティエリアは痛ましそうに刹那を見つめる。

「君は、強くない」

断言すれば、刹那の瞳が揺らいだ。
そして、時間を置いて徐々に刹那の視界はじわりと滲み出してぽろりとこぼれ落ちた滴にティエリアはやはりなと瞼を伏せる。

刹那が弱いとティエリアは思っていないし、マイスターとしても申し分ないとも思っている。
だが、強靱な心を持っている人間などいないのだと知った。

刹那はロックオンと彼を混同することも比べることもしない。
けれど、だからこそ誰よりも喪失感を大きく抱えている。


















ブラウザバックお願いします