◆DAZZLE◆









客でも捕虜でも無いが、捕虜扱いのような独房部屋で沙慈は膝を抱えて座っていた。
流石に外の情報を一切知ることが出来ないように隔離しているのは不憫だろうと感じたのか、PCとAIが搭載されているハロという名前の赤い球体ロボットを食事のついでに渡されて沙慈は少しばかり戸惑った。

食事をつつきながら、コロコロと自分の周りを転がるハロは可愛らしいと思っても可笑しくはないはずなのに沙慈はそんなことを感じることも出来ないままに食事の手を止めた。
食事を運んできてくれた女の子の付き添いで来ていた体格の良い男の人の話では刹那は今地上に降りて仲間を迎えに行ったと言う。
迎えに行った仲間がどんな人なのかは男の人もあまり聞き及んでいないらしく、ただ、ガンダムのパイロット候補のスカウトに行ったらしいということだけ。

沙慈はガンダムに良い印象を持っていなかった。ガンダムが現れた当初は世界が変わろうとして驚いて、宿題の内容が変更されることに戸惑いつつもそれを仕上げる毎日を送っていただけだった。
所詮は遠い国の話だと思っていたのだ。

だけど、ルイスの家族や手を奪って、ソレスタルビーイングのことを調べていた姉までも殺されてしまった。
全ての原因は、ソレスタルビーイングが、ガンダムが引き金で。

刹那の銃を奪ったとき、なんでこんなに簡単に銃を奪えたことさえ気付きもしないで叫んでいた。
悲しみを怒りを叫びきってもまだ足りなくて、でも幾分か冷静になった頭は何で自分が銃なんか持って、さっきまで自分の手を引いて庇ってくれた刹那に銃口を向けているんだろうと考えている。

一度伏せられたはずの刹那の瞳に射抜かれて、沙慈は銃をその手から落としていた。

刹那がわざと自分に銃を奪わせたことが分かって無性に自分の不甲斐なさに居たたまれなくなったのだ。

刹那と沙慈のやり取りを一部始終見ていたティエリアは刹那が沙慈を一緒に連れていくと言ったときには驚きを隠せずに刹那を睨んだ。
しかし、顔が割れている以上、彼を野放しにしておくことも出来ず、沙慈の身柄はティエリアが判断を下すということで話が着いた。

ティエリアが沙慈の居る独房を訪れた時、彼は何故「刹那を撃たなかった」と聞いてきた。沙慈はそれに「CBと同じになりたくない」と答えて俯いたため、ティエリアがどんな顔をして部屋から出ていったのかは知ることは出来なかった。
その後で刹那に聞きたいことがあると気付いた時には誰かを呼ぶ手段が何も無くて膝を抱えて座り込むしかなくて。

そのまま数日が過ぎて、知らないままではどうにもならないと赤いハロに手を伸ばしてルイスが巻き込まれた事件の情報を引き出した。
それで知ったのは、ルイスの家族や親戚達に攻撃を仕掛けたのはスローネというガンダムで攻撃理由は不明。

スローネという名前を口に出した沙慈に反応を示したハロは「アイツラ敵、アイツラ敵」と何度も繰り返し、沙慈は首を捻る。

「敵ってどういうこと?」

【スローネ敵、スローネ敵、アイツラ紛争シテナイノニ攻撃シカケタ】

「それって…」

沙慈の記憶の中では紛争をしている地域へのガンダムの介入ばかりだった記憶がある。それ以外でも理由がないものなど聞き及んでいない。

スローネとソレスタルビーイングは別の?とそんな疑問が思い浮かぶ。
そしてそれ以上の疑問の答えにハロはずっと「敵」と言うばかりでそれ以上の会話は成り立たないと分かると沙慈はハロから入手出来るガンダムの構造データを開く。

スローネという名を持つガンダム三機と天使の名前を持つ四機のガンダムの最大の違いはなかなか見つからないものの、引っかかることが一つだけ見受けられた。

「疑似GNドライヴT…?」

それはスローネに用いられている太陽炉というエネルギー体のようなもので、それに反して天使の名を持つガンダムには「GNドライヴ」というものが搭載されているとあった。

「スローネは本物じゃ…」

無いとでも言うのだろうか。







ハロを渡され、一通りの情報を得て暫くして数日、外の通路から慌ただしい足音が響いてきたが、外の声は聞き取れなかった。
それでも敵が来たのだろうということだけは肌で感じ取れて沙慈は身体が震えた。

不安を感じることしか自分には出来なくてこの小さな部屋の片隅でずっと膝を抱えるしか出来なかったけれど、自分の腕を抱き締めている間に幾分か気持ちが落ち着いてきて、外の騒がしさが何十分も何時間も消えた頃にシュンと扉が開かれる音がして誰だろうと顔を上げた。
しかし、沙慈の目に映るのはハロだけで変な声を出してしまう。

【ハロ、開ケタ開ケタ】

「駄目だよ、勝手にッ」

沙慈はハロが扉を開けてしまったことに驚いて、閉めなければと焦った。
しかし、外から聞こえてくる人の声にハロを両手で捕まえたまま耳を澄ませてしまう。

「あー、煙草吸えないのは辛いよなぁ」

緊張感のない声は聞き覚えが無くて沙慈は扉から少しだけ顔を出すと、思いのほか近くにいた男性に身体を硬直させた。
沙慈に驚いて立ち止まった長身の男はティエリアや食事を運んできてくれた二人と同じデザインの服を着ていてヤバイと思ったが沙慈に向かってブラウンの髪を揺らして人当たりの良い笑みを浮かべた男は口を開く。

「君、此処の人だよな?」

「え?いえ、僕は違います」

「そうなの?俺来たばかりで良く分からなくて。ごめんな」

「いえ」

勝手に外に出てしまったことを咎められる心配は無さそうでほっとしたが、長身の男の向こうから誰かを呼ぶ声がして沙慈は部屋の中に引っ込もうとしたけれど、その声が刹那の声だと気付いて留まった。

「ロックオン」

「…ああ、そうだった。俺の名前ね」

「ブリーフィングルームはそっちじゃない」

長身の男は自分が呼ばれたことに気付くのに変な間を置いて、自分と同じデザインで色の異なる制服を着ている刹那を振り返る。
けれど、刹那は何事も無かったようにトレミー内の通路を理解していないロックオンをブリーフィングルームに連れていこうとした。

「刹那!あの」

「沙慈…」

何故扉が開いているのか刹那は眉を少し動かしたが、沙慈の横をふわりと浮いている赤いハロに気付いて納得する。
デュナメスのパイロットであったロックオンは相棒であるオレンジのハロ以外のハロともかなりの時間を過ごしていた。特にデュナメスのメンテナンスをしていたハロとは。

あの赤いハロはロックオンの熱源反応に反応して扉を開けてしまったのだろう。

「すまないが、今はあまり時間がない」

「それじゃあッ、後でも良いから…話がしたい」

「……」

刹那の視線がロックオンに移り、何の感情も乗せていない刹那の表情にロックオンは頭を掻く。
ロックオンはどうにも刹那の無表情が苦手であった。

自分から何か言うべきかと口を開きかけたところで刹那の後ろからもう一人の人物が来て苦笑を漏らした。

「ロックオン、僕達は先に行きましょう」

「アレルヤ…か。でも」

ロックオンは刹那と沙慈を交互に見やったが、自分が口を挟んで良いものでも無さそうだと納得すると刹那の横を通り過ぎてアレルヤと共にブリーフィングルームへと向かった。
ただ、ロックオンは刹那と沙慈の問題だと思っていたことはお門違いで、アレルヤは刹那の心情を察してロックオンを彼から遠ざけたのだ。

ロックオンが刹那の横を通り過ぎた瞬間、刹那の表情が曇ったように感じて沙慈は刹那の名前を呼ぶ。しかし、刹那は沙慈に視線を移さず、俯いたまま二人の足音が消えるのをじっと待っていた。
二人の足音が消えかかったところで、新しい足音は刹那の前方からやって来た。

「何故扉が開いている?」

視線のきつい声に沙慈は表情を強張らせて、彼を振り返った。
レンズの奥の赤い瞳は沙慈を睨んでいる。

「ハロが開けた」

沙慈が説明するよりも先に刹那が口を開いて沙慈は驚く。
どうやって扉が開いてしまったかを知っているような口振りに沙慈はどうしてと問いたかったけれど、ティエリアが溜息を吐いたことでそれは戸惑われた。

「あの男は彼じゃないと言っても無駄か」

ティエリアはハロに目を止めて言う。それから刹那に視線を移して、刹那よりも悲しそうに痛そうな顔をして見下ろす。

「引きずっているのか、刹那」

「違う」

「なら、思い出か?」

刹那は首を左右に振り、違うと現す。

「ロックオンとの時間は思い出じゃない」

思い出じゃないから上書きなんかされない。させもしない。

刹那はティエリアを真っ直ぐに見つめて、表情を緩めた。
心配してくれて有り難う。

ティエリアは瞼を伏せて悲しみを消すと、無表情に刹那の横を、刹那の肩に一度手を置いてから通り過ぎていく。
刹那の黒髪に手を置くことは出来ないから。

「刹那…大丈夫?」

沙慈の気遣う声に刹那は少しばかり驚いたが、大丈夫だと頷く。

ティエリアと刹那のやり取りから、沙慈はロックオンという先程の人物が何か関係があるらしいという事だけは判ったが、ただそれだけだ。
自分は声を掛ける以外何も出来なくて。

「落ち着いたら、この事も話せると思う」

でも、話をしてくれると刹那は確かに頷いてくれたことが、沙慈には嬉しかった。

「またティエリアに何か言われると面倒だからな。ハロ、扉は閉めて置いてくれ」

【マカサレテ、マカサレテ】

だから沙慈が笑みを乗せて有り難うと告げれば、初めて刹那の苦笑を扉が閉められる直前に見ることが出来た。






















『dazzle』眩惑する。

アレルヤ奪還後のつもりですが、フライング。
予定では二話の補完でした。
刹那に「思い出じゃない」と言わせたかったので、目標は達成出来て一安心。



更新日:2008/10/15


ブラウザバックお願いします