◆INSTANT◆
きっかけは割と気付かないうちに作っているものだったのかもしれない。
笑顔を見せてくれるなんて思ってもいなかったから。
相部屋ということもあり、ロックオンは一年前に新しく同じガンダムマイスターとしてソレスタルビーイングの仲間になった刹那とは行動を共にすることが多い。
互いが乗るガンダムの特性のバランスを考えた結果から、相部屋を指示されたのだからロックオンからすれば拒否する理由は一つもなかった。
しかし、口数が少ないわけでもないはずの刹那とのコミュニケーションはあまり良好とは言えなくて腑に落ちない。
問題点を挙げるならば、刹那が誰かに触れられることを毛嫌いしていること。
それから多少のことでさえ他人の心を踏み込ませず、更には踏み込んでこないことだろう。
十四までの時だが、家族がいて年下の面倒を見るのに馴れていると自負していたロックオンは十五歳の聞かん坊にらしくなく頭を悩ませていた。
自分の意思や意見も言葉にしているはずなのに、刹那は表情を変化させることが無くて手ぐすね引く隙も見当たらない。
マイスター合同のシミュレーションが終わると、彼らはヴェーダとスメラギがそのシミュレーションした内容の改善点などを推算し終わるまでの間は休憩に入る為、ノーマルスーツから私服に着替えたマイスター達はレストルームへと足を向けた。
この時ばかりはティエリアもヴェーダに直行せず、何が悪かっただのと意見を交わすことが多く、先頭を歩くロックオンに着いてくる。
着いてくるイコール悪かったところがあるのが前提なので、アレルヤは彼の機嫌が悪い方向に向かっているのではないかと危惧しつつ、一番後ろを歩きながらロックオンの隣を歩く最年少のマイスターのあることに気付いて少しばかり頬を緩めた。
初めてあった頃は刹那は警戒心が強くて背後の近くを通るだけで殺気を飛ばしてくることも多かったが、今ではそれも無い。
それから、ロックオンの後ろを保っていた刹那はただ彼の後ろに着いていたわけではなくて、警戒してロックオンの背後にいたように思われる。
それが今は隣を並んでいる。
周りからはロックオンが子守を押し付けられたと冷やかす声は大きいが、実際には子守と言うほど刹那は手の掛からない子供であった。
むしろ、ロックオンが刹那を構いたいような素振りを見せることが多かったりする。
レストルームに辿り着いてから、アレルヤはスポーツドリンクのボトルをアイスボックスから取り出してみんなに配ると、ティエリアからは当たり前のように頷きを返され、ロックオンからは「サンキュ」とお礼を言われる。
刹那からの「すまない」という言葉に「どういたしまして」と返せば、そうじゃないだろうとロックオンが肩をすくめたのにアレルヤは苦笑するが、まだ「ありがとう」と言える段階まで刹那との距離は近付いていない。
それに、多分急いで変化を求めてしまっては意味がないとも思った。
「後はロックオンの努力次第だと思いますけど」
「お前さんね、他人事だと思って」
アレルヤとロックオンの会話が自分のことだと気付いていないまま、刹那はロックオンが座ったソファの隣に腰掛けた。
それを当事者である刹那を覗いた三人が無言のまま彼の行動を見送ってしまい、ロックオンとアレルヤが笑みを漏らすので刹那は何だろうかと疑問を持ちながら向かいに座っているティエリアに視線で問い掛ける。
しかし、言葉を口にしていないので答えや反応は端から求めていなかったが、ティエリアは面倒臭そうに溜息を寄越した。
ティエリアなりの気にするなという意図は読み取れたので、刹那はそういうものかと納得してボトルに口を付けた。
「それで、先程の連携についてですが」
全員が座ったところで話を切り出して姑のように痛いところを突いてくるティエリアにロックオンとアレルヤは視線をティエリアの赤い瞳から逃れるように壁やら天井やらに向ける。
その指摘が間違っていないのだから、止めてくれと言えば倍返しが待っている為、何も言えないのだ。
真剣にティエリアの言葉を聞いているのは刹那ぐらいだろう。
最後にガンダムマイスターとして決まったこともあり、悪いところは直ぐにでも直したいという気持ちが出ているようだ。
最年少の刹那と、彼よりも年齢が上のはずの二人の態度の違いにティエリアの瞳に鋭さが増したところで、温度が下がり気味だったレストルームの唯一の出入り口である扉が左右に開かれて陽気なリヒテンダールの声とそれに寡黙な相づちを打つラッセの二人が同時にマイスターのみしかいなかった室内に入ってくる。
よう、とロックオンが手を挙げればラッセも軽く手を挙げて答え、リヒテンダールは新たな話し相手を見つけたとばかりにロックオンの目の前まできて彼の両肩を掴んで揺さぶった。
「聞いてくださいよ、ロックオン!」
「まあ、落ち着けよ」
何となく内容には検討がつくのだが、ロックオンは微苦笑してリヒテンダールの手を自分の肩から外して自分が座っているソファの空いてる場所、刹那を挟んだ向こうを指差して座れよと施す。
ラッセは既に出入り口に一番近い一人掛けのソファに座り、向かいに座るアレルヤに二三ばかり会話をしているところだ。
ちなみにティエリアは三人掛けのソファのど真ん中を陣取っているが、いつものことなので誰も気にしていない。むしろ彼の隣は座りにくいことこの上なかった。
更に今日は話を中断されて不機嫌な様子が目立つ。
「だってクリスがぁ」
やはりクリスティナのことかと、ロックオンがラッセに目配せすれば無視しとけとの合図が送られたが、聞いてやらないこともないのでリヒテンダールにさっさと座れと話はそれからだと言えば、先程の勢いが幾分か収まりつつあるリヒテンダールは素直に言われた位置に腰を下ろす。
すると、その重心に彼の隣に先に座っていた刹那の身体が傾いたのでロックオンは別段意識していたわけでもなく、自然に刹那の右肩に自分の右手を置いて傾いた分だけ自分の方へ小さな身体を引き寄せた。
刹那がロックオンの顔に視線を上げたので、ロックオンも刹那を見返せば、きついばかりの刹那の目元が和らいでふわりと笑った。
ほんの一瞬の時間だったが、今まで彼の笑顔など見たことがなくて、ロックオンは琴線(きんせん)に触れたまま動けずにいた。
位置的にアレルヤとティエリアにも刹那の表情の変化は見て取れたので彼らも僅かに目を丸くしている。
それに気付いていないリヒテンダールはクリスティナにまた振られただのと話し始めており、ラッセは何やら様子の可笑しいマイスター達に首を捻った。
特にロックオンの顔がみるみるうちに赤く染まっていくのに珍しいものを見たと驚愕に似た感想を持つ。
ロックオンが耐えきれずに突然立ち上がり、手に持っていたボトルを思わず落としてしまったことで全員の視線が彼一人に集中した。
「どうかしたんすか?」
リヒテンダールが自分の話をしていたにも関わらず、こうやって機転を直ぐに変えられるところは彼の長所でもあるが、今は何も言葉が返せないロックオンは赤い顔を隠すように口元をグローブをされた手で覆うが熱は上昇するばかりだ。
「ロックオン?」
「ッ、わ、忘れ物だ、そう、ハロのこと忘れてた!すぐ戻ってくるから!!」
刹那までも突然どうしたのかと声を掛けたが、彼に声を掛けられたことで既に限界に達してしまったロックオンはアレルヤとティエリアの背後を通り過ぎながらレストルームを出ていってしまった。
「何を言ってるんだ、アイツは。ハロなら此処にいるが」
刹那は自分の足下に転がっているオレンジ色の球体に疑問の顔を向ける。
【ハロ、ココニイル!ココニイル!】
返事を返したハロを刹那は飲み干して空になったボトルをテーブルの上に置いてから両手で持ち上げた。
アレルヤはロックオンが落としたボトルを拾い上げて少量の重さに中身が零れていないか確認して、取り敢えず目立った汚れはなさそうなのでボトルを刹那が置いたボトルの近くに置きつつ、刹那に話し掛ける。
「刹那、そろそろスメラギさんの所へ行かないといけないし、ハロと一緒にロックオンを探しに行ってくれないかい?ここは片付けておくから」
「了解した。ロックオン・ストラトスの捜索に出る」
刹那はさながらミッションの如くアレルヤからのお願いを聞き入れて、ハロを手にしたままレストルームから出ていく。
その後ろ姿が見えなくなったところで聾桟敷(つんぼさじき)に置かれているラッセとリヒテンダールが顔を見合わせる。
互いに状況を把握していないことを知ると二人の視線はおのずとティエリアとアレルヤに向けられた。
「何かあったんすか?」
「刹那が笑ったところ初めて見たから少しビックリしただけですよ」
「へ?」
「笑ったのか?刹那が」
目を丸くしたリヒテンダールと疑問を投げ掛けてくるラッセにアレルヤは笑いを押さえながら頷いた。
彼らも刹那が笑ったところは見たことがないらしい。
もしかしたら、この一年間刹那と相部屋であったロックオンも一度も彼が笑ったところを見たことがなかったのだろう。
「くだらない」
ティエリアのそんな一言も冷たい顔ではなかったとアレルヤは気付き、彼もまた珍しく大笑いではないけれど笑いがなかなか止まらない経験をした。
『instant』瞬間。
いつもと違う表情をされるとキュンときますよねッ
そんな萌えを書きたかった(゜゜)
ロク刹だと言い張ります(ノω・)
しかし、せっちゃんが笑ったのは19話が初めてでも萌えると思います。
更新日:2008/10/03
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