◆BREAK◆









栗色よりも薄い色素の髪を揺らしてクリスティナはうんと、伸びをした後に休憩室の扉の横に取り付けられているタッチパネルに暗記しているパスワードを入力して開ける。
情報処理のちょっとした合間の息抜きの為、プトレマイオス内で割り当てられた居住区の自室には戻らずにブレイクタイムと決め込んで休憩室の一室に向かっていたのだ。

しかし、休憩室の中にはクリスティナが思いもしていなかった光景があり、彼女は瞬きを繰り返し、状況を把握すると口元に手を当てて視線を彷徨わせる。
生憎、クリスティナの挙動不審な行動を目聡く注意する者もおらず、クリスティナはおそるおそる休憩室に入った。

「なんか・・・いつもと立場逆?」

クリスティナが幾つかのソファがある中、一つの三人掛けのソファを覗き込む。
そこに座っているガンダムマイスターの中でも最年少の刹那はソファの背もたれの上部に頭をもたげて眠っている。

この刹那が他人の気配に気付かずに未だに眠り続けているのは珍しい。
彼が過去に生きてきた環境からの影響かもしれないが、クリスティナの記憶の中で刹那の寝顔を見るのは初めてに等しいはずだ。

刹那の膝を借りて大きなソファから脚をはみ出させて寝ている青年の寝顔は稀に見たことはあるが、彼もすぐに気配に気付いて目を覚ましてしまうことが多い。
仲間の気配だと認識すると目を覚まさないことも少なからずあるが、それも気紛れ程度にすぎないだろう。

二人揃ってクリスティナに気付かずに寝たままというのも珍しい・・・いや、むしろその逆なのだろうかとクリスティナは首を傾げる。

「それにしても、かわいいかも」

クリスティナは微笑みながら刹那を覗き込む。
膝の上のロックオンの頭が重いのか、眉間に小さな皺を見つけてクリスティナはくすりと声を漏らしてしまい、慌てて両手で口を押さえる。

刹那もロックオンも微動だにせず、規則正しい呼吸を繰り返して眠ったままだ。
それにほっとしてもクリスティナの好奇心は止まらなかった。

刹那という子供を初めて見た時はどちらかと言うと『恐い』という印象を抱いていた。
自分よりも随分と背が低くてもその瞳の強さが尋常ではなかったのだ。

琥珀よりも少し赤みがかった不思議な色合いは素直に綺麗だと思ったが、その二対の瞳が今まで何を見てきたのか見たくはないと思ってしまった。
逃げだと言われればそれまでかもしれない。
けれど、まだ十代の子供がするような瞳ではなかったことだけは確かだ。

今は刹那の瞳を見ても『恐い』という感情は全く無い。
ひとえにロックオンのおかげだろう。

刹那を見掛ける度に四六時中というわけではないが、良く隣にいることが多い。
それでも瞳の強さは変わらず、荒々しさが抜けたとでも言うのだろうか。
今は閉じられた瞼の裏に隠された瞳は見えない。

スメラギの言葉を借りるなら、『良い傾向』なのだろう。
それにしても、とクリスティナは次いで刹那より下にいるロックオンに視線を落とす。

「ロックオンも穏やかな顔しちゃって」

呆れではない苦笑を零し、刹那に視線を戻したクリスティナは一度喉を鳴らして意を決したように刹那に手を伸ばした。
その女性特有の細い手が辿り着くのは刹那の頭。
髪を撫でつけるように優しく良い子良い子をするように撫でてみる。

ロックオンが触る度に良く振り払っていたのを何度か見掛けているクリスティナにとってこの行動は勝ち負けの勝負に等しい。
気付かれたら負けよりも恐ろしいものが待っているが。

「やっぱ柔らかいなぁ」

その声には羨ましさが混じっていた。
刹那から手を放したクリスティナはその手で自分の髪に触れる。

「・・・・・・硬い」

眠っている二人に気付かれないように溜息を吐き、何か飲もうと刹那とロックオンの側から離れてドリンクバーの前に立つ。
眠いわけでもないからといつもは良くコーヒーを選ぶが、今日はアールグレイの紅茶を選択する。

プラスチックのカップを片手に一人掛けのソファに腰を下ろしてから紅茶を一口飲む。
視界の左隅には未だに眠りこけた二人がいて平穏だな、と思う。

なんとなく平和という感想は避けた。
いや、避けてしまったという方が正しいのだろうか。
目的を達するまでは使ってはいけないような感じがするのだ。特に彼らには。

カップをコトリと目の前のテーブルに置くと僅かに身じろぎするような音が耳に届き、クリスティナはドキリとその音の主に視線を送る。

「・・・・・・・・・重い」

開閉口一番の言葉がそれで彼らしいと思うと同時に起きたのがロックオンではなくて良かったとクリスティナは安心する。
いつもならば逆なのだが。

「おはよう、刹那」

「・・・クリスティナ」

まだ重そうな瞼を擦りながらクリスティナの存在を確認する刹那の仕草は幼くて、クリスティナは口元を綻ばせる。

「そろそろクリスって呼んでくれても良いよ?クリスティナは長いでしょ?」

「略すと本来の名前を忘れるから必要ない」

「そ?まぁ、そういう考えもあるかな」

本来の名前と言ってもソレスタルビーイングに所属している以上、偽名なのだが刹那にとっては重要らしい。
そのまま数分沈黙が続くが、この空気をクリスティナは好まず、刹那に話し掛ける。

「刹那はロックオンが大事?」

「・・・現状で言うなら邪魔だ」

「う〜ん、そういうことじゃないんだけどな〜」

刹那が自分の膝の上に頭を置くロックオンが重たくて邪魔というのは分かるが、今、クリスティナが答えを聞きたいのはそこではなかった。

「何て言うのかな?好きっていうか、憧れっていうの?守りたいとか」

「・・・・・・守りたいか・・・信頼されたいとは思うが・・・」

刹那は少し困ったような顔をして自分の膝の上で我が物顔で眠るロックオンを見下ろす。
その些細な動きでクリスティナは納得出来た。

「そっか。刹那はロックオンのこと信頼してるんだね」

殊更明るい声に刹那は顔を上げてクリスティナの顔をまじまじと見つめた。
大きな瞳は何かを問い掛けてきているようだが言葉が見つからないのか、不安げな色が宿り始める。

「・・・分からない」

「分かってるよ」

即答したクリスティナの顔に理解できないと刹那は瞳で訴える。

「刹那は意味として理解してないだけで、ちゃんと心で分かってるから大丈夫よ」

ますます分からないといった顔をする刹那は表面上はあまり変化していないように見えるが、戸惑いが現れ始めている。
そこまで刹那の表情を目にしたことがなかったクリスティナはもう少し言葉遊びを続ける。

「もし私がロックオンのことを好きだって言ったらどうする?」

「別にどうもしない」

これは予想の範囲内の答えである。
クリスティナにとっての本番はここからだ。

「じゃあ、私が刹那のことが好きっていうのは?」

「・・・・・・・・・」

刹那は首を傾げた。
どういう意味なのか考えているのだろう、それが年相応に見えてクリスティナは微笑んで刹那の答えを待つ。

「・・・・・・・・・それはクリスティナの本心じゃない。本当のことではない以上答えかねる」

答えは刹那らしいもので、クリスティナはその答えに文句一つ無く満足なのだが、あまりにも刹那の瞳が真っ直ぐに真贋(しんがん)でも見極めるようにクリスティナに向けられていることに息を飲む。

クリスティナに見えるのは内面ではなく表面に見える刹那の決意だけ。
それから、自分は本物も偽物も持ち合わせていないということ。

クリスティナはカップに残った紅茶を飲み干すと、そのカップを持ってドリンクバーの回収ボックスに向かうために刹那の側を通る。

「合格!」

「?」

「でも一言言わせて。私は刹那のこと好きだよ」

頭を撫でたクリスティナに視線を送り、刹那は瞬きを繰り返した。
状況が読み込めないでいる刹那にクリスティナは優しく笑って、カップを回収ボックスに放り投げる。
綺麗な弧を描いてカップは回収ボックスに収まった。

「よしッ、ストライク!じゃあね、刹那」

「あぁ・・・」

元気いっぱいに手を振るクリスティナに反射的に刹那は手を挙げてしまうが、挙げた手をどうすれば良いのか分からずにそのまま返事を口にした時にはクリスティナは扉の向こうへ消えていた。

「まったく、騒がしいお嬢さんだな。ま、おかげで色々と収穫できたけどな」

「ロックオン、起きたなら早く退け」

「お前、俺が起きてるの気付いてただろ?」

「重いと言ったのに退かなかったのは誰だ」

ロックオンはつまらないとばかりに刹那の膝に頬を擦り寄せる。

「やめろ。気色悪い」

「だったら抵抗すれば良いじゃねぇか」

「・・・・・・あらぬ事に辿り着きそうだから止めておく」

「刹那も大きくなったなぁ・・・」

寂しそうに呟くロックオンに刹那は意味が分からないと怪訝な顔をする。
そういうところはまだ無垢だな、とロックオンは刹那を見上げるように頭の位置を変えてその頬に手を伸ばした。

自分では聞けなかった言葉を一人の女性は難無く聞いた。
悔しさも感謝もある。微妙なところだ。
それでも、刹那が思っていることを側で聞けたのは嬉しいとしか良いようがない。

頬に触れた大きな手はグローブをしたままだけれど刹那にとってそれは温かかった。
澄んだ若草色に青空を捧げた瞳と赤く夕日よりも煌めき夜空よりも深い瞳が近付いていく。
交わるときにはお互いの瞳は感情を感じるために閉じられた。






















『break』星屑。
衝撃の23話が放送する前に書いたものなんですが、更新するのが遅れました(汗)
動揺してます(゜ω゜`)信じることで精神安定中です。

クリスティナちゃん好きですw



更新日:2008/03/17


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