◆STAR DUST◆
目の前を吹き抜けていく風に邪魔になりそうになる髪を片手で押さえ付けながらロックオンは浜辺の砂浜をブーツで踏みしめていく。
時折後ろを振り返れば、刹那は無言のままにロックオンの後を着いてきていた。
通常のマフラーやストールとも違う生地の赤い布が刹那の首や頬に温もりを残しながら風に靡く。
少し外の空気を吸わないかと誘ったのはロックオンであり、それに従って着いてくる刹那はそれ程珍しいわけではなかった。
だが、何処かでいつもと違うと水も漏らさぬ警戒に似た音が鳴っている。
砂浜を抜け出したところでロックオンがふと立ち止まり、此処で良いかと芝生の上に仰向けに寝転がれば、少しばかり驚いたような顔で刹那はロックオンを見下ろした。
「お前もこっち来いよ。星が綺麗だぜ」
理解不能だという表情をすれば、ロックオンは拗ねたような素振りを見せたが、それも一瞬のこと。
次には楽しそうにその口元を緩め、刹那の手を取って勢い良く引っ張ってやった。
突然のことすぎて、更に刹那と言って良いほどの短い時間でもあり、刹那は声を出す暇も無くロックオンの上に倒れ込んだ。
「ッ・・・何をするっ」
「年上の言うこと聞かないきかん坊にはこれくらいで丁度良いんだよ」
ロックオンの心音にビクリと顔を上げて文句を言い放った刹那にロックオンは悪びれもなくそんな事を口にすれば、刹那は更に理解不能だと顔を顰めた。
「ほら」
ロックオンは刹那を自分の隣に寝転ばせるように転がし、空に掌を向けてかざした。
同じ空を見上げれば、刹那の視界にも夜空一面に広がる星が降ってくる。
綺麗だと思った。
自分には全く見合わない星屑達がとても。
じっと空を見つめていれば、ロックオンがポツリと刹那に問い掛けた。
「初めて人を殺したのはいつだ?」
いつもよりは小さな声で、それでもはっきりと問いただすような声が。
刹那は暫く口を開かなかった。
それ程長い時間ではなかったが、刹那にとってはとても長く、長く感じたのだ。
答えを考えているわけでも、ロックオンの質問の意味が判らなかったわけでも無い。
「・・・五歳くらいの時だった」
じっと空を見上げたままの刹那はロックオンの顔を見ていない。
見れる勇気はなかった。
身の置き所がなくなるような視線で見られていたらと思うと怖くて、上手く息が出来ていないと自分でも分かるほどに動揺しているのが可笑しかった。
今までにも過去の傷に囚われたように戦うことはあったはずなのに、こんなにも胸を抉るような痛みを憶えたのは初めてだった。
直接の関わりでなくとも、ロックオンの家族を死に追いやってしまったことに自分は関係あった。
繋がっているとは思わなかった過去にどうしようもなく後ろめたさが引きずられる。
憎んでいないわけがない。
「そっか・・・」
その言葉の後に刹那の額にロックオンの大きな手が降りる。
優しく置かれた手にやっと刹那はロックオンの方を向いた。
ただ、そこで刹那はロックオンも自分を見ているとは思わず、近すぎるその距離にバッとロックオンに背中を向けた。
同時に額の温もりもなくなり、名残惜しく思ってしまった自分の感情に刹那は戸惑う。
ロックオンはやり場の無くなった右手を仕方ないかと自分の後頭部にまわした。
刹那は上体を起こし、膝を抱えるようにして座る。
それでロックオンとの距離を取った。
「俺が初めて撃ったのは・・・父親と母親だ」
「せつ・・・な?」
後ろで驚いたようなロックオンの声に刹那は表情を歪めた。
きっと、大事な何かを傷つけただろう。
同じガンダムマイスターの仲間に言うべきことでは無いはずだ。
それでも、駄目だった。
そして、言ってしまったことを無かったことに出来るほど、器用にも出来ていない。
怒って欲しいのか、慰めて欲しいのかも判らない。
だが、ロックオンなら正しい答えをくれるような気がした。
しかし、恐怖が破竹の勢いで押し寄せる。
また、間違えたのだろうか。
刹那は立ち上がりロックオンから離れようとしたが、ロックオンは咄嗟に起き上がり刹那の腕を捕まえる。
いきなり掴まれたことに驚き、刹那はロックオンを振り返ってしまった。
そのことを後悔するよりも先にロックオンには気付かれてしまう。
「刹那・・・泣いてるのか?」
正確にはまだ泣いていなかった。
刹那は瞳に涙を溜めているばかりで、流してはいない。
泣いてはいけないと、ずっとそうやって生きてきたから流し方を忘れてしまった。
「違う・・・」
「違わないだろッ」
静かに強く否定され、刹那はロックオンを見上げる。
ロックオンは辛そうな顔をしていて、刹那はどうしてそんな顔をするのかと理解出来ないまま。
「お前はずっと・・・後悔してきたんじゃないのか?」
「・・・今更、変えられることじゃない」
「確かに過去は変わりゃしねーよ。けどな、お前は間違っていると気付いて今、此処に居るんだろ?」
「・・・・・・・・・」
「違うか?」
「違わない」
その答えにロックオンは満足したように刹那の頭を撫でる。
ロックオンにとって刹那は仲間以上に大切だと思える存在になっていた。
自分の言葉一つで表情を変えるようになった刹那がいつの間にか自分の中を締めるようになっていたことに気付く。
頭を撫でたその手で涙を流すことが出来ない子供を抱き締める。
おそるおそる、それでも、しっかりとロックオンの背中を抱き締め返した精一杯の刹那の背伸びにロックオンは微笑んだ。
『デュナメス回収完了』
『ハロ、コクピット緊急解除』
『コクピットハッチ損傷、解除不可能』
『医療班到着』
『コクピット、手動で開けます』
慌ただしく聞こえる中、デュナメスより遅れて収用されたエクシアから降りた刹那は自分の横を急速に駆けていく医療班と担架に乗せられたロックオンを引き留められなかった。
血が、刹那の足下に落ちている。
「ぁ・・・」
意味を成す言葉など出なかった。
自分には出来ない。してはいけない。
今、立っていなくてはならないから。
泣いて、喚いて、取り乱して名を呼べたらどんなに良かったか。
『star dust』星屑。
ロク兄さんの誕生日を過ぎる前になんとかッ(でも、別に祝ってない・・・orz)
ほのぼのな感じでロク兄さん祝いたかったな・・・w
百均で買った慣用句辞典がかなり役立っております。
19話の補完は『RAGNAROK』で書こうとも思っていたのですが、これ書いちゃったのでどうしよう・・・あえてあちらはBL要素無しで・・・いや、それは腐女子としては何だかやりきれない思いがッ
更新日:2008/03/03
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