◆SUPERIOR◆









オーバーフラッグスにはある謎が存在していた。
それはグラハム・エーカー上級大尉が他のパイロット達と共に更衣室に入らないことだ。

出撃時には誰よりも早くパイロットスーツに着替えているし、帰投後はカスタムフラッグを専用機としている為に毎回12Gの負荷を身体に背負っているせいで医務室に直行しなければならない。
だから他の誰かと共に更衣室に入ったことなどなかった。

それに最初に悪態をついたのはジョシュアだった。
彼はオーバーフラッグスに配属されてから、上官であるグラハムに幾度と無く楯を突いている。
だが、彼のそんな嫌味の言葉もグラハムは余裕な態度で交わしていることから、端から見たらジョシュアが一人相撲をしているようにしか見えないのである。


対ガンダム調査隊がオーバーフラッグスと名を改めて数ヶ月経った、戦闘から帰投後の今日。

「誰も可笑しいとは思わないのか?」

「上級大尉殿は12Gの負荷が掛かるカスタム機に乗っているんだ、体調管理は万全にしておくべきだと自分は思いますが」

「私も彼の意見には賛成ですね」

自分と同時にオーバーフラッグスに配属された同僚に右と左から意見が飛ぶが、ジョシュアは軍服のネクタイを締めて着替え終えると、ふむと頷き、ロッカーの中の自分のパイロットスーツを眺める。

「では、何故エーカー上級大尉は出撃時には誰とも鉢合わせずにどうやって一番にパイロットスーツを着込んでいるのか不思議に思わないか?」

「それは・・・あの人がガンダムに執着しているからじゃないか?」

「あれは俺でも負けるね」

「そうそう」

他の同僚達も各々着替え終わったのか、次々と会話に入ってくる。

「でもやっぱ、あの素早さは可笑しいか?出撃の合図は同じのはずだよな?」

かかったとジョシュアは同僚のその一言に唇の隅を持ち上げた。

「それが仕組まれて遅れていたとしたらどうする?」

そこでハッと皆の動きが止まる。
もしかしたら出撃の合図はワンテンポ遅れているのかも知れない。
それが事実であったならば裏切られた気分である。

その居たたまれない空気を破ったのは、彼らよりも一足早くオーバーフラッグスの旧名称対ガンダム調査隊の時からグラハムの部下となったハワードとダリルだ。

「上級大尉のことを疑うのか!」

「そうです。上級大尉の実力は皆も知っていることだろうッ」

予想通りの答えに益々ジョシュアは口の隅を持ち上げた。
勿論彼らには気付かれないように。

「でしたら、上級大尉の名誉を守るためにも真実を知りたいとは思いませんか?」

この一言の裏の意味を読み取った同僚達は一様に目を見開き、互いの顔を伺い、そして頷いた。
ハワードとダリルだけが忌々しげにジョシュアを睨み付けていたが、グラハムを信じたいという思いと真実を知りたいという葛藤が交錯し、二人はジョシュアの提案にのってしまうのだった。

















息を潜めるのはロッカーの裏の影。
じっとしていると待っていた人物が更衣室に入ってきた。

グラハムはGの負荷でおぼつかない足取りをカタギリに肩を支えてもらいながら何とか立っていた。

「あんまり維持を張るのは良くないんじゃないかい?」

「それでは部下に示しが付かないだろう。弱いところは見せたくないのさ」

「ま、君らしいけど。たまには人間らしいところも見せないとね」

「勝手に私を化け物呼ばわりするなよ、カタギリ」

「案外的外れでは無いと思うんだけどなぁ」

その答えにグラハムはジトッとカタギリに恨めしい視線を送るが、カタギリは視線を右斜め上に持っていき、素知らぬ顔でグラハムを手近なソファに座らせる。

「まぁ、いい。取り敢えず、此処まで運んでくれたことには感謝する」

「どういたしまして」

グラハムは一度周囲を見渡し、奥のロッカーに目を留めた。

「カタギリ、あそこにロッカーはあっただろうか」

その言葉にギクリとそのロッカーと壁の隙間に入っているグラハムの部下達は肩を揺らした。
けれどカタギリの声に耳を傾け始めたグラハムは疲労のせいか、それ以上は気に掛けることなくカタギリを見上げた。

「さあ?僕はあんまり此処に来ないしね。今日みたいに君が無理をし過ぎないと滅多にパイロットが使用する部屋には来ないよ」

「無理とかじゃない、アレと重なっただけだ」

「アレね。それだからこそ無理をし過ぎたら駄目なんじゃないかい?」

アレとは何だろうかとロッカーの奥で部下達は声を出そうとしたがジョシュアの睨みによって口を閉じる。
じっとまたグラハムとカタギリの様子を伺うと、グラハムはパイロットスーツの上半身を脱ぎ、プロテクターを外す。
何の疑問も持たずにその様子を見ていたジュシュア達は違和感に途中で気付く。

プロテクターは防弾チョッキ代わりにもなるが、軍服ならともかく、パイロットスーツを着るにはかなりきつくなってしまう。
それ故、誰もプロテクターを着用したままパイロットスーツを着ている軍人なんていないものと考えてもいいくらいだ。

更に驚くことにその下にはサラシが巻かれていた。

「グラハム、そんなに締め付けてたら形が悪くなるよ」

何が?という疑問を持ちつつ、グラハムの背中しか見えないジョシュア達にはカタギリの言う形がどうのこうのの意味は分からないまま。

「どうだって良いさ、大きくならなければ」

そう言いながらグラハムはサラシを解こうと結び目に手を掛ける。

「取るのかい?また付けるんだろ?」

「アレだから張るんだ。胸が。きつくてしょうがない」

しかし、なかなか結び目が解けないグラハムをカタギリは微笑ましそうに見つめ、グラハムが自分では無理だと判断するとカタギリに少し縋るような視線を寄越してきた。

「はいはい」

「すまないな」

グラハムが脇のサラシの結び目をカタギリに向ける為に身体を動かしたことで、ロッカーの影に隠れている者達に衝撃の事実が晒された。
誰もが固まっていた。あのジョシュアでさえ。

「それにしても、男の僕に身体を触られても気にしないね、君は」

「お前は私に欲情しないからな」

「目には毒なんだけど」

「だったら目を逸らすなり、瞑れば良い」

「男はみんな狼だって知ってる?」

「承知している」

本当かな?と思いつつ、カタギリは結び目を解くことに集中して気を紛らわすことにする。

「解けたよ」

「感謝する」

カタギリから布の端を受け取ったグラハムはスルスルと胸に巻かれたそれを解いていく。
それを見送りながらカタギリは肩を落とす。

「僕がいるんだから少しぐらい恥じらうとか、後ろ向いてろとかないのかな?」

「無いな。はっきり言うと、君と私では確実に体力は私の方が上だ」

「・・・反論出来ないからタチが悪いよね」

呟くカタギリをよそに、グラハムはサラシを解き終えると、カタギリからタオルを手渡してもらい、汗を拭う。

またサラシを巻き付ける為にさっさとタオルをカタギリに返し、サラシの布を手に取り、器用に自分に巻き付けていく。
しかし、やはり最後の最後である結び目が上手くいかない。

「君は器用そうで器用じゃないね」

「私とて万能では無いさ」

「意外だね、君からそんな言葉が出てくるなんて」

「私はフラッグがいてこそ万能だからな」

「・・・・・・そうだった。君はそういう人だったね」

カタギリはやれやれとグラハムからサラシの布の端を奪い取り、勝手に結ぶ。
最後こそは自分で結ぼうとしていたグラハムは少し不満そうであるが、その顔には安心も混ざっていた。

そこでグラハムはやっと疲れも抜けてきたのか、人の気配にぴくりと眉を震わせる。
気配は更衣室に入ってきて直ぐに違和感を感じたあのロッカーだ。

やはりあの場所にロッカーは無かったような気がする。
ロッカーの配置は奥に一つ増え、サイドのロッカーが一つ分大きく穴が空いているような・・・。

「カタギリ、あのロッカーの裏を見てきてくれないだろうか」

「ロッカー?奥のあれ?」

「ああ」

何を突然言い出すのかとカタギリは首を傾げたが、グラハムの不安そうに歪んだ表情に分かったと頷いて奥のロッカーに近付いていく。

そこで慌てるのはジョシュア達だ。
まさか気付かれるとは思ってもみなかったのである。

いつものグラハムになら気付かれても可笑しくはないが、戦闘後の疲労から注意力が下がっているものと思っていたがそれも数分にすぎなかった。
カタギリもロッカーの近くまで行けば、そこに人の気配を感じることが出来た。

軍人なら気配を消すのは容易いことであるはずなのに、パニッくっている彼らにはそこまで神経を集中する時間も無ければ余裕も無かったのだ。

「そこで何をしているのかな、君達は?」

笑顔のカタギリがこんなにも恐いと思ったことが初めてな彼らは、ロッカーの裏を覗き込んだ彼の視線から逃れるように身を縮こまらせる。
カタギリはそんな彼らの態度に溜息を落とし、目の前にいる人数を数え、少し思案するとガン!とロッカーの側面を叩けば、耳を押さえながら四人ほどロッカーの中から出てきた。

それにはグラハムも驚き、その中にハワードとダリルの姿を見つけて更に目を丸くする。
そんなグラハムの表情にハワードとダリルは自分達は何をしているのだろうかと居たたまれなくなり、俯いてしまった。

そして、彼らの気不味げな空気に本格的にカタギリは心底呆れたと頭を掻く。

「カタギリ技術顧問、我々はエーカー上級大尉が女性だという事実を知らされていません」

いち早く立ち直ったのはジョシュアであり、カタギリは彼の言い分に眉間に皺を寄せ、それをほぐすように自分の人差し指でそこを押さえる。

「グラハムが男だとも言った覚えも無いんだけどね」

「しかしッ」

「それに、軍にあるグラハムの個人データにも性別は女性となっているけれど?」

そう言えば、皆が皆、面白いくらいに間の抜けた顔を晒してカタギリはこの反応は呆れを通り越していっそ清々しいなとクスクスと抑えきれない笑いが漏れる。
流石にそれに反応を返したのはグラハムだ。

「カタギリ・・・」

「あぁ、ごめん。ここまで君が完璧だとね」

褒められているのだろうが、何故か嬉しく感じないグラハムは居心地悪そうに両腕でサラシの巻かれた胸を隠すようにして一度彼らに目配せすると、視線を落とす。

「取り敢えず着替えたいんだが、後ろを向いてはもらえないか」

それにキョトンとした表情をカタギリはしてしまうが、グラハムの顔は逸らされてよく見えなくとも、その耳が赤いことは見て取れ、頷くと他の皆にも後ろを向くように施した。
それを気配で感じ取ったグラハムはパイロットスーツを脱ぎ、軍服の袖に手を通す。

衣擦れの音にカタギリ以外はそわそわとし始めるが、音が途切れて暫くするとグラハムの声が背後から掛かった。

「もういい。此方を向いてくれ」

おずおずとグラハムを振り返った部下達にグラハムは肩をすくめて安心しろとの合図を送る。

「さて、まずは何処から話すかな」

軍服の帽子は被らずに片手で掴み、腕を組んだグラハムは小首を傾げた。
その仕草に小さな女性らしさを見つけてしまい、部下達はそこかしこに視線を彷徨わせる。

「そうだな、結果としては騙すような形になってすまなかった。謝罪する」

頭を下げたグラハムに皆は慌て出す。
貴女が悪いわけじゃないと口々に聞こえ、グラハムに良い部下に恵まれたと顔を上げて微笑む。

しかし、一人だけ納得できない顔をしているジョシュアは予想通りグラハムをきな臭げに見た。

「謝罪は受け入れましょう。しかし、何故男のような振る舞いを?まさか、あの上官殺しの件が原因ですか?」

ジョシュアにとっては適当に言っただけであったが、グラハムはじっと何も喋らずにジョシュアを食い入るように見つめたかと思うと、直ぐに視線を逸らして俯く。
その唇が、腕が、身体が少し震えているのが分かった。

それでも口を開こうとしたグラハムにカタギリは眉間に皺を寄せる。

「グラハム、そこまで君が言う必要は無いよ」

真剣なカタギリの声色にハッとグラハムは顔を上げ、一瞬だけその言葉に甘えたいと思った。
だが、それでは駄目だと、少しの瞬間だけでも甘えようとした自分を恥じる。

「いや、私は汚名を雪ぐと彼に宣言している。それに、私のことを知ってもらわねば着いてきてはくれないだろう」

そう言い、柔らかく微笑まれてはカタギリも退くしかなく、眉尻を下げて溜息を吐いた。
グラハムが進もうとしているのを支えられないもどかしさは行き場を無くして消える。

息を吸い、吐き出された言葉は淡々としていてリアリティに欠けていたが、聞いている者は皆、顔を歪めてしまう内容だった。
それは過去にグラハムが後ろから上官を撃ち殺してしまったことの真相。

軍に入ると決めた時からグラハムは女性らしさを捨てた。
それでもその事実は消えもしなければ、データを書き換えることも不可能であり、グラハムは他の軍人と同等に見られるように服装も振る舞いも男になりきった。

いつの間にかグラハムの性別を男だと判断する者ばかりになった矢先のことだ。
軍のデータを整理していた当時のグラハムが所属していた部隊の上官がグラハムのデータに目を留めた。

これはどういうことだと詰め寄った上官にグラハムはデータ通りだと説明したが、聞き入ってもらえず、口論の果てにグラハムは上官に身体を押さえ付けられた。
抵抗したが、大柄な上官にグラハムの力はそれほど効いていなくて、身体を暴かれた。

泣き喚いても行為は終わることなく、「五月蠅いな、これではそこらの女と変わらん」と言った上官が後ろを向き、その隙を逃すことなくグラハムは上官が所持していた銃がベットの下に転がっているのを見つけると直ぐさまそれを手に掴み。
















撃ってしまった。

















その後のことはグラハム自身も良く覚えておらず、いつの間にか気付いたら正当防衛でグラハムに罪は無いとの判断をくだされていた。

「上官を殺して階級が上がったというのは、ちょうど同じ時期にフラッグのテストパイロットに任命されたからであって、あの事件と関係は無い」

最後まで話し終えたグラハムの震えはすでに無くなっていた。
しかし、それでも表情に自信は見えず、部下達を見渡し、沈黙が続く。

「今からでも部隊の移動を願い出たい者はその申し入れを許可しよう。以上だ」

後ろを振り返りその場をグラハムは去ろうとしたが、呼び止められる。

「エーカー上級大尉」

「何だ?ジョシュア」

振り返れば、今までに見たことのないジョシュアの真剣な表情にグラハムは背筋を伸ばして向き合う。

「私達が何故、此処でこそこそと上級大尉を伺っていたのかを申していません」

「私に不満があるからだろう?」

「確かに不満がありました。何故、上級大尉が更衣室で誰とも顔を会わせていないのかが疑問だったからです。しかし、軽率な行動をしてしまったことは詫びます」

頭を下げたジョシュアに続き、次々と部下達が頭を下げていく。
それにはグラハムも目を丸くしてしまう。

だが、きっと信じても良い。

フッと目元を和らげたグラハムはジョシュアの目の前に歩を進める。

「顔を上げてくれ」

それに従い部下達は顔を上げた。
グラハムはジョシュアに手を差し出す。

「改めて、これから宜しく頼む」

一瞬の躊躇がジョシュアから見て取れたが、力強くジョシュアはグラハムの手を握り返した。

















◆後書き◆

後日。

カタギリ「君が出撃の合図が出る前にパイロットスーツに着替えているのは、
     野生の勘だよね」

グラハム「愛しのガンダムだからな。プロポーズには準備が必要だ」

カタギリ「恋する乙女のセンサーとでも言うのかな?」

グラハム「勘違いをするな。私は老後もフラッグと生涯を共にするつもりだ」

カタギリ「・・・・・・・・・本気?」

グラハム「本気だとも」







『superior』上役,上司,上官
やってしまいました・・・グラハム女体化。
まさかの女体化。よもやハムを女体化してしまうとは・・・(遠い目)

でも、書いてて楽しかったです(*´▽`*)

全てはジョシュアさん登場のおかげでしょうか。ハム総受けに目覚めてしまったw
口調がよく分からないまま勢いで書いたので、ちょこちょこ書き直しているかもしれません(特に台詞とか)(・ω・`;)汗



更新日:2008/01/18


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