◇Pandora〜ヒカリへ〜◇









どうして自分はこんなことをしているのだろうと思い、沙慈が見上げた先にはダブルオーガンダムの頭部があるだけ。
機密に触れそうな仕事を与えられていることにも疑問が残るが、イアン曰く人手が足りないのだそうだ。

手元の端末型ディスプレイに視線を戻した時に視界に入った人物達が気になり、沙慈は視線を戻すように僅かに上げる。
視線の先にいるのは刹那とロックオンだ。

ロックオンはケルディムガンダムのパイロットであるライルであり、沙慈がソレスタルビーイングに保護された時に会ったロックオンではない。
沙慈が最初に会ったロックオンは四年前に右目を負傷したことで眼帯を身に着けており、今刹那と何かしら会話を交わしているライルの兄であるニールだ。
どちらもロックオンではややこしいので、この艦内では彼らを本当の名で呼ぶことにしようかと話が進んでいる。
もともとコードネームとはガンダムの起動時などに必要なライセンスに似たような役割があるだけでお互いに呼び合うだけなら自由だ。
それでも以前は組織内でも守秘義務があり、自身の生い立ちを知られるような項目は言語道断とされていたと聞く。

暫く彼らを何とはなしに見ていたら、オレンジ色のハロを連れたニールが彼らの元にやって来た。
こうして見ていると双子だというニールとライルの外見は良く似ており、ニールの眼帯が見分ける唯一の目印だ。
しかし、もしニールが眼帯をしていなくても刹那は見分けることが出来るのだろうか。そんなことを考えて見分けられそうだなと根拠のない確信を持つ。

ライルは刹那と何やら話していた途中であったが、ニールが連れていたハロをライルは拾い上げてその場から立ち去ろうとする。ニールが呼び止めても何事かは言い返していたようだが殆ど耳を貸すつもりはないとさっさと歩き出してしまった。

沙慈がライルの道筋ルートに立っていたことと彼の視線を感じ取ったライルは沙慈が驚くのも気にせずに隣に居座ることを決めて沙慈が向けていた方向に身体を向ける。

「あんたは兄さんのこと殆ど知らないんだよな?」

「え。ま、まぁ」

沙慈からすればニールもライルもほぼ同時期に最近面識を持ったにすぎない。だが、この艦内にいる者の全員がニールと先に面識を持っていたことはライルに少なからず居心地の悪さを残しているようだ。

「だから訊きたいんだけど、あの二人どう思う?」

ライルに言われ、沙慈は先程見ていたところに視線を戻した。視線の先では刹那とニールが話し合っている姿がある。
ニールの手が刹那の頭に伸びて、くしゃりとやんわりと撫でられるのを刹那は甘受していた。それを意外だとは思わなくもない。

ニールのことは殆ど知らないが、沙慈は刹那となら多少の交流が過去にあった。住んでいるマンションの隣に刹那が引っ越してきてから数回しか顔を会わせていないけれど、彼は必要最低限以下の言葉しか口にしなかったが付き合いが悪いほうではなかったと思う。
けれど、刹那の周囲にいるだろう人物達が全く想像出来なかったのもまた事実だ。学校に通っているという話も聞いていなかったから尚更。

「どうって…」

「そのままだよ。あんたから見て俺の兄さんと刹那ってどう見える?」

「仲の良い仲間、ですか?」

「まー、そうなんだろうけど」

ライルには何か引っかかることでもあるらしく、沙慈は不満があるライルの視線の先を追う。
ニールは刹那に一旦この場を離れる言葉を口にしたのだろう、刹那の頭を撫でていた手を離して刹那に背を向けた。
去っていく背中に刹那は手を伸ばそうとしたのだろうが、不自然な高さでそれは止まる。行き場の無くなったその手を刹那は信じられないものを見るように見下ろしていた。
そこでやっと沙慈はライルが言いたかったことを理解した。

「焦れったい…ですか?」

沙慈の問いにライルは落とし物を見つけたようにパッと沙慈を振り返る。

「そう、それ!」

自分より年上のライルがうずうずしている様子はどことなく子供っぽいと感じさせるが、やはり身内の恋路は気になるものなのだろう。
自分の姉は恋より仕事一筋だったのでそういう話がなかったから沙慈には今一掴みきれない感情だが、姉の方はルイスと自分の仲を気にしていた。
その時の姉とライルの違いと言えば恋路が上手く行ったほうが良いと思っていることだ。

「ライルさんは二人にくっついて欲しいんですね」

「可笑しい?」

「えっと。そりゃあ、刹那もニールさんも男ですし」

自分が男を好きになったり、ルイスが男だったなら変な気はする。ただ、沙慈からしたら他人事でしかないので嫌悪感を抱く以前にそれほど興味がないのだ。
それでも一般論からしたらやはり変なのかもしれないとも思う。

「男同士はまあそうなるだろうけど、別に恋人って限定して上手くいって欲しいってわけでもなくてさ」

ライルは自分の顎に手を当てて眉間に皺を寄せる。
もう少し分かりやすい言葉をライルは探しているのだろうが、沙慈はライルの言いたいことを理解出来た。
恋人だからを前提に、何がしたい。何をして欲しい。何かをしなくてはならない。そういう型に当てはめられるような関係ではなく、関係を表す言葉がない二人を望んでいるのだろう。

「それは、何となく分かります」

沙慈はルイスとの思い出を振り返り、言葉にする。
ルイスは沙慈とだからあれがしたいあれが欲しいと我が侭ばかりだったが、恋人同士だとはお互いに確認すらしていない。
周囲には付き合っていると思われていてからかわれたことも何度もあるが、頷いたことはなかった。
それでもお互いを大切な人だと想い合っていたと思う。

「でもさ、何かたまによそよそしいんだよな。あの二人」

「よそよそしい?」

「さっきも呼び止めれば良いのに刹那は何も言わないし、兄さんは普通に接しているように見えて一歩を引くタイミングが確信犯だ」

【ロックオン確信犯、確信犯】

沙慈が同意出来なかったことをライルの腕に抱えられていたハロが速答で同意を示したことに驚く。

「ハロもそう思うか」

【戸惑ッテル感ジ、感ジ?】

「何なんだろうな、ほんと。相手が好きなのは見てて分かるんだけど」

「他の方には訊いたんですか?何か知ってるんじゃ…」

「それがみんな「いつもあんな感じだった」の一点張りだし、教官殿には「余所見している暇があるなら使いものになるように覚えること覚えろ」ってさんざん説教されたよ」

一番何か知っていそうなティエリアには鬱陶しそうな顔をされてほんのり傷ついたのは内緒だ。
紆余曲折あり、最終的に沙慈の元に辿り着いたらしい。

「じゃあ、もう直接訊くとか」

「やっぱりそうなる?」

流石に直接訊くのはどうかなと自分で思いつつも提案してみたが、ライルも最終手段としては考えていたことらしい。

「と、言ってるところに」

ニールが去ったことで自分の持ち場であるダブルオーガンダムの元に戻って来る刹那を見てライルが小さく呟いたのを沙慈は聞き逃せずに僅かに驚いた表情でライルを見やった。
本当に直接訊くつもりなのか。

「ロックオン、此処で何をしている」

「どっちもその名前で呼ぶなよ。ライルって呼ばないなら聞く耳持ちたくないね」

「ロックオン」

「………」

「………」

先に折れたのは刹那の方で、溜息を落とした後にライルの名を呼んだ。

「ライル・ディランディ」

「何?」

フルネームだが、まあまあ合格だというニュアンスを含ませるライルに刹那は眉を微かに歪める。

「お前は此処で何をしているんだ?」

「世間話、彼と」

唐突に話を振られて沙慈はライルと刹那の顔を行ったり来たり見て、慌てて頷きを何度も繰り返す。

「そ、そう。世間話して、ました」

しどろもどろな口調は気にせず、刹那は沙慈に「そうか」と呟くけれどライルに向き直ると。

「だが、お前の持ち場は此処じゃないだろう」

「人が折角気を使ったのにそれはあんまりだろ?」

「気を使う、だと?」

疑問を口にした刹那に顔を近づけライルはにやりと笑い、耳元で囁く。

「兄さんと二人っきりにさせてやったのに」

ばっと後方に一歩下がった刹那にやっぱりそうなんだなと、ふふんと勝ち誇ったような笑みを向けてくるライルを刹那は睨む。
知られていないと高をくくっていたのかもしれないが、結構バレバレだ。

「余計な事はしなくていい」

「余計な事だって自覚はあるわけか」

表情が読めない刹那の感情は伺い知るのは難しく、正直ニールのことをそういう対象で見ているのか少し不安があったが思った通りであったようで自得する。
しかし、それならば対象者であるニールは確実に刹那の感情の矛先が自分に向いているのを知っているはずだ。

弟の視線から言わせてもらえば、ニールの交友関係は円満なもので分け隔てが無い。しかしその分特別な人を家族以外に求めなかった。
好意を受け入れることをせず、好意を与えたい人なのだ。そのせいでニールが実は甘えたがりなのを彼の周りは知らなかったりする。

おそらく。おそらくだけれど、刹那はそのことを承知であると思う。だからニールはぎりぎりのところまで触れておいて逃げている。
分からないのは何故逃げる必要があるのか、だ。

「何が、言いたい」

「いや。刹那が兄さんのこと好きだって分かっただけで十分」

「ッ!」

反論したかったが何と言えば良いのか分からず、刹那は手の甲で口元を押さえる。顔も熱いような気がして自然と俯いてしまう。
自覚はしていた。だが、それを誰かに指摘されたのは不覚としか言いようがない。
話は終わったとばかりにライルが刹那の横を通り過ぎた時、刹那はライルを呼び止める。

「言うつもりか?」

誰に、とは言わなくともライルとの会話は成立する。

「あんたが先に言えば俺が言う必要はないよな」

詰まるように眉を歪めた刹那に気付いてやることなどせずにライルはハロを連れてその場を去って行った。
沈黙が訪れ、思い悩んでいるような刹那に対して沙慈は声を掛けることが出来なかったが彼とふと目が合ってしまい焦る。
しかし、刹那がくっと顎を引いたことではたと気付く。あれ?困ってる…。

ライルと刹那の会話を聞いてしまったのは沙慈からしたら不可抗力以外の何ものでもない。
困ったままでいた刹那の方が先に行動に出て、沙慈が手にしていた端末型のディスプレイを手渡すように言えば沙慈はほぼ無意識にそれを刹那の手に渡してしまった。
沙慈としてもあの空気の中にいるよりは有り難いことではあったが、新たに出来た引っかかりを留まらせたままになってしまう。






















































『pandora』パンドラ。

ニールはこんなこと言わないだろうなって台詞をライルだと言わせられるのは密かな楽しみであります。

もうニル刹をイチャイチャさせたくて堪らないんですが、道が遠いどころか見えないぜ。
イチャイチャ始めたらライルが二人を突っついたりからかったりするんだろうなー。



更新日:2009/09/30


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