◇Labyrinth〜ヒカリへ〜◇
ルイスとの約束を果たし彼女との再会を待ち望んでいた沙慈は描いていた未来を崩されて俯いていた。
庇った仕事仲間がカタロンの構成員だと知っているわけでもなかったのに、行動を疑われてアロウズに強制労働を強いられ続けていた。
それだけならまだ良かったのかもしれないが、その施設でアロウズはカタロン構成員達の虐殺を諮ろうとする。そして、そこで助けられた。刹那・F・セイエイに。
名前を覚えていたことに彼は驚いていたが、沙慈も刹那が自分の名前を覚えていたことに驚きは隠せず、お互い様だったと言えよう。
しかし、刹那がソレスタルビーイングに所属しており、尚かつガンダムのパイロットだと知った沙慈はルイスの左手を奪った奴らだと激情に任せて刹那から銃を奪い彼に銃口を向けた。だが。撃てなかった。
やがてティエリアから連絡を受けたプトレマイオスが宇宙施設に降着し、セラヴィの収容とエクシアの回収作業を手早く進めていると。
刹那は何かを感じ取ったように視線をそちらを向けて僅かに目を丸くした。
その様子に気付いたティエリアは口元を緩めて刹那の右肩を叩く。振り返った刹那の表情は戸惑いを含んでいたがティエリアは大丈夫だと無言で彼が来る方角に足を進めて彼と言葉を交わすことなく通り過ぎた。
それがより現実味を無くして刹那は自分のほうにやって来る彼を視界に入れること以外で動くことが出来なかった。
「刹那」
目の前で立ち止まった彼を見上げる。四年前よりも見上げる高さは低くなった。
「ロックオン…」
目が隠れていない左頬に手を伸ばし、指で、掌で触れる。
熱を通さないノーマルスーツはそこに在るだけを伝えるが、それだけで十分だった。
一度手を離した刹那は自分に触れてこようとするロックオンの手を自分から掴んで遮り、片方の手を握りしめて弧を描く速さで一発喰らわせた。
手首を刹那に掴まれていることで殴り倒されることはなかったが、かなりの強さで殴られたことに変わりはない。
「ッ何、すんだ、きかん坊」
「自分の胸に聞け」
「うっ」
殴られた理由に思い当たることは確かにあり、ロックオンが言葉に詰まると刹那は彼から視線を落として呟く。
「だが、…良かった」
そしてロックオンを見上げて表情を緩ませた。
四年の年月は刹那を成長させたらしく、その変化をずっと側で見守ることが出来なかったことはロックオンの中で悔やまれた。
けれど、そんな顔を自分に見せてくれることに安心し、同時に気恥ずかしくもなり、困ったように笑えば刹那はロックオンの手首から掌にその手を重ね合わせて少し力を入れる。
ほんの小さな接触にロックオンの胸は鳴る。想いのままにその身体を引き寄せたくてたまらなくなるが、それは今自分が生きていたことを確認している刹那を混乱させるだろうと堪(こら)える。
だから少しだけ。少しだけだと、左手で刹那の髪に触れた。
それから二人の間に言葉は無く、ティエリアが戻ってきたところでお互いに手を離す。
「刹那、彼の処遇についてイアンと話してきたが、僕等の顔を見られているのは良いこととは言えない。君と多少ではあるが縁もあることだ、待遇はあまり良くないだろうが保護という形を取る」
沙慈の行動からして彼をプトレマイオスに迎え入れても歓迎出来るものではなく、沙慈自身彼らの元に身を置くことに素直には頷けなかった。
しかし、このまま黙って置いていってくれることは彼らの立場からしたら皆無だ。
それは解る。だが、納得しきれない沙慈はティエリアに来いと催促されても足を動かさないまま。
「沙慈・クロスロード」
二度目の催促には呆れが含まれていた。何も言わない沙慈にティエリアは彼が手に持ったままの銃を引き取る。
力の入っていない指からそれを差し引くのは容易く、ティエリアはより呆れるしかなかった。この分だと引きずるのも容易そうだなとティエリアは沙慈の腕を掴んで行こうとしたがロックオンの腕がそれを遮った。
「何故止めるんです?」
「彼にはまだ時間が足りてねぇんだろ?少しだけ待ってやれって」
「あまり時間がないことは貴方も分かっているでしょう」
既にソレスタルビーイングがまた表舞台に出てきたことをアロウズは身をもって知った。偵察隊が此方にやって来ていても可笑しくはない。
そのことをロックオンも理解しているからこそ、ティエリアは訝しむ。彼に考えがあるのだろうかとも思うが、沙慈のことは楽観視出来ない問題だ。
「分かってるぜ。ティエリアは刹那の案内、彼は俺が連れてく」
ロックオンはパッとティエリアから銃を奪い取り、先に行ってくれと手振りする。
まだ納得しかねるティエリアであったが、自分がそこまで意地を張る必要もないと思い刹那に先に行くことを伝える。
刹那はティエリアの横に並び、プトレマイオスに乗り込むが一度だけロックオンを振り返った。気にし過ぎかとティエリアと空いた距離を縮めるために刹那は再び歩き出す。
「立てるか?」
反応は無く、ロックオンは苦笑する。
「俺達が聞ける立場でも言える立場でもないけどさ、君の大切な人達を俺達が傷つけたのは事実だ」
沙慈の指が微かに動いた。
直接か間接かは知らない。だが、どちらで有ってもどちらで無くても犠牲を払う行為を自分達は犯している。
「恨んでくれて構わない」
「……偽善者ぶりですか」
「まぁ、そう取られても仕方ねぇよな」
「仕方ない…。仕方ないって何ですか!姉さんが死んだのもルイスが傷ついたのも仕方ないなんて言葉で片付けないでくださいッ」
掠れていく声が悔しくなった。はっきりと言いたいのに感情はそれを許さずに揺れた言葉しか口に出来ない。
俯いていた沙慈にはロックオンの足下しか見えていなかったが、ロックオンが膝を折り沙慈の頭に手を置いたことで彼の片方しか見えない視線と目が合った。
「そういうつもりで言ったわけじゃなかったんだが、悪かった。君にとって大切な人は君にそんなに想われてて幸せだろうな」
悪い人ではないということは沙慈にも伝わる。
けれど、彼らに従うことにはやはり抵抗があった。
「俺達が譲歩出来るのは君を保護することだけだ。君が望むならソレスタルビーイングの情報も提供する」
「そんなこと、して良いんですか?」
「君が知りたいと思ってくれるなら」
知るとは何のことだろうか。それを含めて眉を歪めれば、ロックオンは真っ直ぐに沙慈を見据えた。
そして銃口を沙慈の額に突き付ける。
「な、何を」
情けなくも声が震えた。
沙慈からすれば突拍子のないロックオンの行動だ。
「君と同じように俺にも大切なものがあるってことだ。傷つけさせやしない」
「それは…」
すっとロックオンの左目が細められる。沙慈は今までになく自分が唾を飲み込む音をやけに意識してしまった。
意識すればするほど時間が長く感じられ、息も詰まる。
「撃ちはしないから安心しな」
ロックオンは緩く笑顔を見せると、銃を下ろす。
「でもな、これは警告でもある。今直ぐに答えを出す必要はない、だから時間のある間に俺達の元で考えて欲しい」
沙慈はその言葉を理解しようとする。
正しく言葉の中にある意味を共有出来たかは自信はなかったが、それでも彼に頷くことは出来た。
「…はい」
突然頭をぐしゃぐしゃと撫でられたが、驚いて沙慈が何か言う前にロックオンは手を離して近くを転がっていたハロを呼ぶ。
「ハロ、彼の部屋は?」
【ティエリア。独房指定、独房指定】
「うおっ、あそこかよ」
気の毒そうなロックオンの表情に沙慈は苦笑して大丈夫だと伝える。
それに申し訳ないと思いつつもロックオンはハロを抱え上げて沙慈を独房部屋まで案内した。しかし、目の前まで来て扉も開けたが本当に此処で良いのだろうかと呻る。
「あのー、そこまで考えなくても」
「いや、でもなぁ。ティエリアも最近丸くなってきたし言いくるめられれば」
ロックオンが渋っていると、ロックオンのものでも無ければ沙慈のものでもない靴音が彼らの後方から近付いてきていた。
ロックオンが振り返ったことで沙慈も其方を振り返る。
「何をしている」
ノーマルスーツからロックオンと同じように制服に着替えた刹那は声を掛けるが、粗方想像は付いているのだろう。
「見ての通り」
「ティエリアからの伝言だ。後で必要最低限の日用品と部屋を用意するからひとまずこの独房に入っていろ、だそうだ」
「あー、それはつまり」
「ここで数日過ごせというわけじゃない。伝言は確かに伝えた。俺はやることが残っているから行くぞ」
刹那は来た道を戻り、ロックオンと沙慈はそれを見送ってしまっていた。
沙慈が先に我を取り戻したように気が付くと、ロックオンを伺う。
「あの。じゃあ、僕はここで」
「あ、ああ、ごめんな」
「いえ」
沙慈は室内に足を踏み入れてロックオンが扉を締めてロックをかける作業を進める短い時間にとあることを訊いた。
「すみません。一つだけ訊いても良いですか?」
「ん?」
「貴方の大切な人って刹那、ですか?」
タッチパネルを操作していたロックオンの手がぴたりと止まり。
沙慈と目が合ったまま暫く固まっていたが、わざとらしく咳払いをして沙慈から視線を逸らす。
これはもしかしなくとも恥ずかしがっている。と、沙慈は推測したのだが、みるみるうちに空気が一変し、
「刹那には言わないでくれ」
「え?」
扉は閉じられてしまい、沙慈はロックオンの言葉にどういう意味かを尋ねられずじまいになってしまった。
刹那には言うなとは、そういう感情を持っていると知られたくないのだろうか。
今はまだ、沙慈は彼ら二人の間にある複雑なものを垣間見るほどにも至っておらず、そのことを深く考え倦ねることは無かった。
迷い子迷い人迷い宮
『labyrinth』迷宮。
ぶっちゃけI☆MA☆SA☆RA☆(ローマ字って読みにくいですよね←だったら使うな)
唐突に沙慈視点のニル刹が書きたくなり、書いてみたら2ndの冒頭部分という今更感たっぷりなものに。
出来ればこの話をシリーズ化していきたいなと思いまして、タイトルの横に「〜ヒカリへ〜」が入ってます。次もこの設定で描けたらタイトルの横に入れようかと。
何故「ヒカリ」なのかと申しますと、ウルトラマンヒカリのテーマを聴いてました。
更新日:2009/09/26
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