◆LIVING CHAIN◆









死ぬとはどういうことなのか。

答えが出ない問いであることは、自分の死を考えた誰もが知っていることだろう。
ならば、客観的に死を受け入れた場合はどうだろうか。
いないという虚無感は哀しみの後から大きく拡張していく。

自分と関わりのある人の死を想像することは、自分に訪れる死を想像するよりも恐怖を覚える。
だが、目の前に死の答えがあるのだ。

他者に訪れた死は、いずれ自分にも訪れる。
自然界の理法としてそれは避けることなど不可能だ。

その摂理を間近で見てきた刹那はガラスに映る自分の瞳の色にあるものを連想してしまい顔を背けた。

「刹那」

声を掛けられたことで顔を上げれば、強化ガラスにニールの姿が展望室の入り口で映されていた。
特に驚きもせず、刹那はどうかしたかとニールを振り返る。ガラスよりもはっきりとしたその視界に息を吐けば、ニールは刹那の側までやって来た。

「おお、一面真っ青」

「海だからな」

海面上を移動しているプトレマイオス2から見えるのは地平線まで続く深みのある青色とそれよりも薄いが存在感のある青い空だ。
ニールの言葉にガラスの向こうに広がる世界へと目を向ければ、それを待っていたかのようにニールは後ろから刹那を緩やかに抱き締める。

「何だ」

自分に絡む腕を振り払うでもなく、刹那はただ問い掛ける。

「刹那が消えちまいそうに見えた」

「馬鹿を言う」

あえてガラスに映るニールの顔を見ずに、自分の右肩に掛かるニールの左手の甲に刹那は右手を重ねる。
お互いにグローブをしているから体温はあまり感じられないが、感触は確かに存在していた。

「何を見てたんだ?」

嘘を言ったところでニールは引き下がらないことを刹那は身をもって知っている。

「目だ」

「め?…って、ああ、目のことか」

ガラスを媒体にニールは刹那の目を見たが、視線が合うことはない。

「色が、」

刹那は憤(むずか)るような素振りを見せたが、ニールは刹那を離さない。
答えを聞くまでは離さないつもりなのだろう。
観念して刹那は色のない声でその先を口にする。

「血が固まった色に見える」

血を吸い込んで固まったような色を彷彿とさせるこの色。
きっと、多くの人の死を見過ぎてしまってこんな色になったのだと思うほどにこの目は血を映す。

だから、これは。

だが、咄嗟に顎を捉えられて上を向くことを強制させられた。
刹那の瞳を覗き込むニールは優しく笑んでいて、目を逸らすことは出来なかった。

「俺には命の色に見えるぜ」

「ロックオン、言っていて恥ずかしくないのか」

「…言ってくれるな。ま、お前さんがそう切り返し出来るようになったのは嬉しいな」

最後の台詞と表情が噛み合っていないと言ってやろうかと刹那は思ったが、わざわざ知らせるのも惜しいので止めておく。
その代わり。

「お前の目の色は」

「ん?」

「ガンダムのカメラアイの色に似ている」

「……」

このガンダム馬鹿黙らせてもいいだろうかと本気で考えたが、無垢に見上げてくる表情に他意はないのだと身体から力を抜く。
そうすれば、刹那は顔の位置を元に戻して海を見つめながら首に手を添えてあまり使うことのない筋肉を解(ほぐ)した。

「なあ、刹那」

まだニールの片腕に身体は捕らわれたままで、刹那は少しだけニールに身体を向けて彼を見上げる。

「死者の魂はどうなるか分かんねぇけどさ、肉体は地に還るんだ。大地は緑やたくさんの命を生み出していく」

だから刹那の瞳の色は命の色だとニールは言う。

死は生きることに繋がる。それは摂理と言うには遠く、希望という名が相応しい。
そして、その色は真っ直ぐに生きる刹那を象徴していると思う。

「俺はこの命の色が好きだ」

その言葉を飲み込むのに僅かな時間を刹那は消費する。
しかし、自分の中にあるこの色に対する答えは変わらなかった。

「俺は、好きになれない」

好きだと言われた色を好きになることはどうしても出来ず、刹那はそう呟く。
だが、瞳の色が変われば良いと思っているわけでもない。

同意を得られず弱々しい表情を見せたニールに、刹那は表情一つ変えずに彼の後頭部に手を伸ばして勢い良く引き寄せた。
ゴッ、という鈍い音を響かせて刹那とニールの額がぶつかり合う。

おそらく予想以上だったのであろう、ニールはおろか刹那まで表情を歪ませていた。
痛みはまだ残っているが、それでも最初の衝撃が鎮まったところで刹那はニールを離さないまま口を開く。

「ロックオンが好きだと言うなら、俺はそれでいい」

思わぬ答えにニールは面食らい、刹那に離してもらえなかったせいで彼を目前に赤くなっていく顔を晒してしまった。
情けなさと恥ずかしさに刹那から自ら離れようとしたが、今度は彼の肩口に顔を引き寄せられてしまい、僅かながらに刹那の心臓の音が聞こえてきた。

規則正しい一定のリズムを刻んでいるが、少し早いかもしれない。
ニールが刹那の瞳の色を表すのに示した「命」が今此処にある。

「生きてるな」

「ああ、生きてる。俺もお前も」

死を考えることは悪いことではない。
だが、寧日(ねいじつ)がない日々だとしても生きている自分達はこの先をどう生き抜くかをほんの僅かでも考えるべきなのだろう。

死後は死んだ者にしか分からないのなら、生きていることを知っている者は今をがむしゃらに進めばいい。辿り着く先が死でも、生きている自分達には意識せずとも残していけるものがあるのだから。
そう思えば、年を重ねていくことは怖いことでもない。

刹那の肩から顔を上げたニールは刹那もそれを待っていると分かり、頬を緩める。
彼の頬を捉えれば、擦り寄る仕草を見せたことに確信をより深めて唇を重ねた。

死者に口付ければ生き返るというお伽話があるが、この世に生きている自分達には無縁でしかなく。
この行為に意味を求めるのは野暮というものだ。

少し角度を変えて口内に侵入してくる舌を受け入れて、お互いのそれを絡ませる。
ぬめりを帯びた感触と感触は息を奪っていくほどで。
とろんとした空気に溺れてしまう直後、この展望室の扉がシュッと音を立てたことでニールの腕を掴んでいた刹那の手に力が入る。

離せと強張る意思表示は伝わっているはずなのに、ニールから解放は得られないどころか頬にあった手が襟足より上の辺りに移動していて余計に交わりが深くなった。

「あ、ニールさ…キャッ」

「アニュー、どうかした…あ゛」

声から推測するにアニューとライルだ。なんとか薄く瞼を持ち上げれば驚いた二人の様子が見て取れる。
自分の弟に見せつける必要などないのに、ニールが刹那を口付けから解放したのはライルとアニューが我に返った頃合いを見計らった時だった。

刹那は口元に残る濡れた感触をグローブを取り払った手の甲で拭い、一言。

「しつこい…」

顔をしかめてあんまりな一言を言われたにも関わらず、ニールは刹那の黒髪をくしゃりと撫でるものだから所在なくなるのは刹那の方で。
彼の手から抜け出して刹那は室内に足を踏み入れているアニューの横を通り過ぎ、入り口に手を掛けているライルの横をも通り過ぎて通路に出ていく。ライルはそれを横目で確認するに終わる。
だが、アニューに動きが見えたことでライルは驚いて、通路に出て行こうとする彼女を呼び止めた。

「アニュー?」

「ごめんなさい、ライル。用事思い出しちゃったの」

「あー、うん。そういうこと」

アニューが刹那を追い掛けようとしているのを察するも、あんなものを見た後では浮気の心配などない。見ていなくても心配する要素は何一つ無いだろうけれど。

刹那を追い掛けるとはっきり言わないのは、付いてきて欲しくないということを暗に示しているのだ。
だからライルは手を軽く持ち上げてアニューを見送る仕草を見せる。
自分には手心を加えて甘いところを見せる彼にアニューは笑んで小さく手を振り、刹那の後を追い掛けていった。






















「刹那さん」

刹那は突き当たりの通路を曲がったところで壁に片手をつき、グローブを正したもう片方の掌で口元を覆っていたところでアニューに後ろから声を掛けられた。
咄嗟に口元から手を離して彼女に向き合うが、アニューが目を丸くしたことに自分の状態が理解出来ていなかった刹那は首を僅かに傾げる。

「あの、顔真っ赤ですよ?」

「…あ、」

何かを口にしようとした刹那がバッと顔を背けたことにアニューは目を細め、ついには目を閉じて肩を震わすように笑い出してしまう。

「なん、だ?」

笑われることに慣れていない刹那は訝しげに視線だけをアニューに向ければ、彼女は目元に滲む笑い涙を拭いながら目を開ける。

「すみません。あまりにも可愛いから」

可愛いという言葉に顔を歪めた刹那にまた「すみません」とアニューは口にして微笑めば、刹那は息を吐き、顔の熱が下がってきたことを自覚してから再びアニューに向き合う。

「あんたは俺に用があるのか?」

「はい。ちょっとだけお話出来たらと思ったんですけど、忙しいですか?」

「いや、大丈夫だ」

実質、ソレスタルビーイングの中心的指導者は刹那であり、彼はダブルオーガンダムの整備の他にも呼び掛けられることが多々ある。
だからこそ、世間話程度の内容で呼び止めるのは気が引けてアニューは顔合わせの自己紹介以来刹那と言葉を交わしたのは片手で十分に数えられるくらいだった。

けれど、今目の前で彼と話してみたいと思ったのはライルから刹那は意外にも喋ってくれると聞いたのもあるのだけれど、ライルの兄であるニールの側にいる刹那の気持ちを知ってみたいと感じたからだ。
それは複雑な感情ではなく、シンプルでとても単純なものだとアニューは思う。

「刹那さんはニールさんのこと好きですよね」

「…嫌いではない」

「ライルはどうですか?」

「…嫌いではない」

「でも、それは違いますよね」

同じ言葉でも意味するところは違うのだろう。両極端に違うことはないけれど、基準の定義が違うのだ。
選んだという言葉は似つかわしくないが、アニュー自身が心に決めたのはライルであるように、刹那もニールを。

愛するということは生きているから育んでいける。
「命」を産み出す愛があるように、「愛」を生み出す愛があっても良いのだと心から思う。

「そんなに違うか?」

二人に対する態度の違いを問われたのだと、時間を少し置いて理解したアニューはそのことを気にしている刹那にまた笑いがこみ上げてきたが、微笑むに留めてはっきりと頷く。

「はい。だって、ニールさんと一緒にいる時の刹那さんは可愛いですから」

何度も可愛いと言われるのは落ち着かないとついに刹那は困ったような表情をする。
更に、そういう風に彼女の目には映っていたのだと知って情けなさをも覚えた。

「ああ、でも、そのままで良いと私は思います」

「なぜ…」

「誰かを好きになるってとても大切なことです。それが情だったとしても私達には必要だと思うから、でしょうか」

言葉尻が萎(すぼ)んで小さくなるのは、自分の言葉に自信がなくなったことと本当に情だけで自分は彼を愛しているのだろうかと不安になったから。
刹那はそんなアニューの言葉を真っ直ぐに受け止める。

「戦いを選んだ俺達に束の間はほんの僅かなんだろう。だが、その一つ一つは偽りでも嘘でもない。ましてや偽善でもない。後悔や憎悪が壁を為しているとしても、届けた想いが繋がったならそれは、情じゃない」

いつの間にか俯いてしまっていた顔をアニューは上げていて、生きようとするその瞳を自分の瞳に映した。

「あんたは自分で気付いていないだけで、俺よりも答えを知っている」

あ、笑った顔を初めて見るなとアニューは気付いて、もう一つの意味も自分なりの答えに辿り着き、ほっと微笑みを返した。





































































『living』生きている。
『chain』連鎖。

初めて自分が「死」んだらどうなるんだろうと考えたのは小学5年生の時だったと思います。(記憶違いであれば小6)
放課に鉄棒で一人で遊んでいる時にふと思いました。(友達少ないのね)
中学生の時には最初に考えた時より深く考えるようになり、怖いとも感じたし、今でもそれは変わらないです。

けれど、その今までの考えをリセットしたくて、ニル刹を通して『今までの考え』と『これからどう考えていきたいか』を書いた…つもりです。
『これからどう考えていきたいか』は00というアニメとゆん先生のロックオンメインの漫画、それに黒田さんのショートストーリーから汲み取って私なりの一つの答えになりました。
まだ疑問は尽きませんが、一区切りのラインに足を踏み入れられたと思いたいなぁ。

ニル刹のイチャラブは書いてて楽しかったです。一番自分生きてるって感じる!

後半は「愛」についてになってしまいましたが、それも「生きる」ことに繋がるものかなと。
刹那は男前だけど、恋をしているアニューから見れば、彼もまた可愛く見えているんだろうという私の願望です。
本当はあんまり「可愛い」という表現は連呼するほど使いたくないんですが、アニュー個人の視点の場合ということで踏ん切りました。

この小説を読んでくださったニル刹好きさんに前向きな意味で何かを残すことが出来れば良いなぁと思います。
刹那の美的感覚はガンダム基準かよ!みたいなことでも残せれば幸いです。(何か違うかもしれませんが)

後書きが無駄に長すぎてしまいました。
ここまで読んでくださり、有り難う御座いました。



更新日:2009/07/12


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