◆EXULT◆
「良いなー、相部屋」
食後の紅茶で一服しているクリスティナはティーカップを両手の指を絡めるように持ってアールグレイを一口含んでから私もフェルトと相部屋になりたいと羨ましさを隠さずにそう言葉を漏らした。
それを言われた本人はというと。
「一人の時間は減るけどな」
「でも、ロックオンは一人で居るより誰かと一緒の方が楽しそうに見えるよ」
彼が一人で居るとき何をしているかは知らないが、クリスティナは自分の中にあるロックオンのイメージを語る。
クリスティナの中のイメージは見当外れ所か的を射ているのでロックオンは苦笑すれば、相部屋は別に嫌じゃないと断言しているようなものだ。
「んー、でも刹那って喋ってくれる?」
「そこそこな」
エクシアのガンダムマイスターに選ばれた少年の姿をクリスティナは思い出しながら疑問を口にする。
そんな疑問が浮かんだのは彼の歓迎会をしたとき、全く喋ってくれなかったからだ。守秘義務があるとしても好きな食べ物とか好きな色とか他愛のない趣向ぐらいクリスティナとしては知りたかったのだが、刹那は殆ど無言だった。
歓迎会の中身は宴会であっただけに早々に刹那はロックオンに回収されていったので会話する機会はそれ以来訪れていない。
「どんな話するの?」
興味本位だが、そこそこの会話が成り立っているのはクリスティナからすれば凄いと賞賛出来るに値する。
訊かれたロックオンの方は少し考え込む素振りを見せてから手にしていた本に栞を挟んでテーブルに置いた。
「ガンダムの話なら食い付いてくるな。飲み込みも早いし」
「それじゃあ、仕事の話じゃない」
詰まらないとクリスティナは唇を尖らせた。
「私が聞きたいのは男の子同士の会話」
「おいおい、流石に八つも歳離れてたら好きな女性のタイプはーなんて会話しないぜ」
「あ。八つ年下なんだ」
「まあ、そこは聞いとかないと教育上」
「エロ本隠したり?」
「直球だなー」
「で?隠したの?」
「俺はもともとそんな本を部屋に置いてません」
「えー。嘘うそ」
「自分の部屋にあったら、俺のだってバレるだろ」
「確信犯…」
見つかった時に自分のだとバレてはならない物は手元に置かないのが得策だ。
ロックオンの弱みは一生掴めないかもとクリスティナは紅茶を飲み干してティーカップをテーブルに置く。
紅茶の茶葉がティーカップの底にこびり付いている。
「ロックオンより八つ年下ってことはフェルトよりは上なんだ」
刹那とフェルトが並んだところはまだ見たことはないが、フェルトの方が身長が高かったような。
「そうだな。フェルトは今年で十二だったか?」
「うん。この施設では最年少かな」
クリスティナから見てもフェルトや刹那は子供だ。
まだ武力介入を開始していないと言っても、何れは戦いに巻き込まれるんだ…自分も。
実感はまだないけれど、ふと思えばティーカップの取っ手を未だ持っていた指が少しだけ震えて、カタリ。カチリ。とティーカップとテーブルがぶつかる音が小さく鳴った。
次いで頭に軽い重みを感じれば、ロックオンがクリスティナの頭をぽふぽふと軽いリズムでたたく。
本当にロックオンは良く見てるなとクリスティナは感心する。
「刹那と相部屋はロックオンが適任なのかもね」
何気ない一言だった。
ロックオンは己を隠すようにクリスティナに笑いかけて、部屋に戻ると告げて席を立つ。
向かい側の真正面に座っていたロックオンが席を立ち、自分に背を向けたところでクリスティナはもう一杯紅茶を頂こうと出入り口に向かっているロックオンとは反対の方向へ向かうために席を立った。
栞が挟まれた本は未だ、テーブルの上。
食堂の出入り口から通路に出れば、出入り口の横で背を預けている小さな頭が目に入る。
「居たのか、刹那」
声を掛ければ無言で見上げてきた。
そして刹那は興味を無くしたようにロックオンから視線を外して通路を進んで行く。
ロックオンはその小さな姿を迷うことなく追い掛けながら問う。
「いつから聞いてた?」
意味もなく食堂の出入り口に突っ立っていることなど刹那はしない。むしろ、彼の行動は本人からしてみれば何かしら意味があるのだ。
「エロ本」
そこからか!
よりにもよってとロックオンは歩く速度が一度落ちたが、気持ちを持ち直して刹那に追いつくとその肩を掴んで立ち止まらせる。
そして刹那の前に回り込んで、顔を伺うが標準装備の無表情。黒髪を耳の後ろにかけるように弄って耳を確認するも赤くはなっていない。
勝手に不満そうな顔をしているロックオンの手を刹那は退けた。
叩き落とされることは無くなり始めているが、やはり刹那にとって誰かからの接触はまだ不慣れだ。
「邪魔だ、退け」
「俺は教育的指導をだなぁ。いや、そもそもお前は俺のこと待ってたんじゃ…」
「……」
「違うのか?」
「……」
否定の言葉はない。ならば肯定かと確信があるわけではないが、実は今日一日刹那の気配を感じることがやけに多い。
相部屋だと言っても二人とも始終一緒にいることはなく、訓練や食事の異なる時間だってあるのだ。
「刹那、ずっと俺の後ついてきてないか?」
顎を引いた刹那から、バレていたのかという感情が読み取れてロックオンは本当に表に出やすいなと苦笑する。
だが、言及は深みに填る。
「追い掛けたいほど良い男は辛いぜ」
瞬時に思考の矛先を変えたロックオンは茶化すように片目を瞑ったが。
冗談に冗談を返すようなことをしない刹那は勝手に話をふってきて勝手に逸らそうとするロックオンに眉を潜める。
自分が子供であると認めたくはないが、大人の考えていることはやはり身勝手であり不本意で打算的だ。
煩わしい。
「昨日のお前の様子はおかしかった」
刹那はロックオンの言っていることに構うことなく、成り立たない会話を返した。
それに呆れるわけでもなく、ロックオンは図星を指されたように固まる。
「だが、今日はいつも通りだ」
ロックオンは目を丸くして、次には優しく細めて笑った。
お前には適わないな、とロックオンは屈むようにしながら刹那の額に自分のそれをくっつける。
拒まれないのは刹那の優しさがそれを許してくれているからだ。
深淵(しんえん)のように続く紅みの混じる黄昏色の瞳は何処まで見ているのか計り知れなくて。
彼なりの心配の仕方は不器用なのに、こんなにも柔らかくて解けていく。
揺れて波打っていた水面が静かになるように。
「ロックオン」
呼ばれ、引き戻されたロックオンは駄目だと刹那からゆっくりでもなく急ぐわけでもなく不自然に思われない速度で身を離す。
「悪い。何でもねぇよ、ありがとな」
そう言って歩き出したロックオンを呼び止める言葉は思い浮かぶものの、刹那はその言葉を口にしなかった。
誰かの中に踏み込む強さも弱さも…いらないだろう。
施設内は二十四時間活動中であるが、ロックオンと刹那は相部屋だからか割り当てられた就寝時間は急なものが入らなければ殆ど一緒である。
自分のベットに入ってから二時間ぐらい経った頃であろうか。
ロックオンは上半身だけ起き上がらせて多少の明かりはあるが暗闇にまだ対応していない目で数十センチの幅を空けた隣のベットに顔を向ける。
「起きてるか?」
微かな寝息が聞こえてくるばかりで刹那の眠りは深いことを知る。野暮用を思い出して起きれば、刹那もつられて起きてしまうことが多いのだが、今日は稀にみる熟睡っぷりだ。
疲れているのだろうか、そう思うと同時にそれはロックオンが寝付けない理由と重なり、ロックオンは自分の額を掌で覆う。
後戻りはまだ出来ると思っていたが、もう限界領域だ。
世界を変えたいと本気の想いを秘めた瞳に自分が映し出された瞬間に芽生えたものに嘘は吐けず、自分でも認めていた。
けれど、それは淡いままに留めるつもりだったのに。
駄目だ。止められない。一歩が加速していく。
暗闇に目が慣れて部屋に置いてあるものがはっきり見えるようになると、ロックオンは隣のベットサイドに立ち、暫く小さな寝顔を見つめた後、ベットに乗り上がる。
軋む音とシーツが擦れる音に流石に起きるだろうかと危惧したが、起きない。
信頼されているとつけ上がっても良いのだろうか。
強い意志が感じられる瞳が閉じられていれば、幼さしか残らない寝顔。
僅かに開いた唇の隙間から赤い舌が覗いており、そこに吸い寄せられるように己の欲望のままにロックオンは刹那に近付いていく。
無防備な刹那が悪いのか。
エゴを翳すロックオンが悪いのか。
そんなの。
触れ合っていた時間はごく僅かで口付けと呼べるようなものではない。
「理想の好みと好きになる奴って違うんだな」
全て外れではないが、性別と歳が不一致だ。
未だに寝顔を晒している刹那にロックオンは肩を落とし、何かを閃いたのか自室を一度後にした。
暫くしてから戻ってくると、手にしていた物を刹那に持たせる。
刹那の寝顔とそれは似合っているようにも見えるが、刹那の性格を知っている者からすれば凸凹具合に笑うしかないだろう。
ロックオンも例外ではなく、声を出さないように肩を震わせている。
刹那が手にしているのは丸みを帯びた長方形のぬいぐるみだ。
そのぬいぐるみは手が異様に長く、足が異様に短い。真っ白な体に赤い鼻、赤い蝶ネクタイ、赤い帽子をやや右側に乗っけている雪だるまをモチーフにしたものだ。
顔は微笑んでいる。
この感情に言葉をつけることはなんと狂気の沙汰か
『exult』狂喜する。
ロックオンが刹那に一目惚れが理想です。
相手はまだ子供だし、本気になってはいけないと自制するも刹那のこと知る度に想いが止められなくなるといい。
フモフモさんの介入は話の内容には意味もなくー。
誤魔化しに使っただけですね(´・ω・`)オチという名の
更新日:2009/04/07
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