◆BRAG◆









小さなくしゃみを横に聞いたロックオンは瞬きながらくしゃみをした本人を見下ろせば、彼は無表情の中に不機嫌さを醸し出していた。
大方、風邪じゃないと主張したいのだろう。

「部屋の空調上げた方が良いか?お前さん寒いのには弱そうだし」

新しくガンダムマイスターとしてスメラギから紹介された刹那はまだ十四という年齢であり、身体を丈夫にするには大事な時期と言えた。
刹那と相部屋になるようにスメラギから言いつけられたロックオンは昔から世話焼きする性格もあって刹那と相部屋になることに異論はなかったのだが。

見た目からして明らかにロックオンと刹那は人種が異なっている。
ロックオンはアイルランド出身で寒さにはある程度耐えられるが、刹那の肌は褐色気味の小麦色であることから比較的温かい地域で育ったと思われた。

「いや、大丈夫だ」

しかし、刹那は自分のくしゃみを無かったことにしようとイアンから貸してもらったマニュアル本のページを捲る手を再開する。
そんな刹那の様子にロックオンは大げさに溜息を吐いてクローゼットに向かった。ロックオンの行動をちらりと刹那は見送ったが、直ぐさま本に視線を戻す。

暫くロックオンがクローゼットを漁る音が続き、クローゼットを閉める音がして足音が刹那に近付いてくる。
背後に立たれるが、殺意の無いそれに刹那は振り向かない。
ふわり、と首を締め付けないようにゆるりと深緑色の布を巻かれて始めて刹那はロックオンを振り返る。

「これで温かいだろ」

片目を瞑って言われた台詞に刹那は巻かれたマフラーに手を伸ばす。

「…少しピリピリする」

「あー、ウールだからなこのマフラー」

しまったとロックオンは頭を掻き、刹那は不思議そうにマフラーの垂れている部分を頬にあてたりしてちくちく度を確かめている。
それが子供っぽい仕草に見えるせいか、それとも違うものなのか。
ロックオンはそれを正しく理解していながら刹那から視線を逸らす。

「刹那はマフラーとかそういうの持ってないよな」

訊かれ、頷く刹那にロックオンは視線を戻してその黒髪を撫でる。
直ぐに睨まれたが気にしない。

「買い出しに行くか。申請してくる」






















「ラッセはそれで良いんすか?あんなちみっこにマイスター取られて」

「砲撃だって重要だろ」

「それはそうですけどねぇ」

納得がいかないのだとリヒテンダールは唇を尖らせて落ち着いているラッセよりも数歩先を進んでしまう。

私設武装組織ソレスタルビーイングは太陽炉を積んだガンダムという名のMSを四機所持し、デュナメス、キュリオス、ヴァーチェの三機のパイロットになる三人は各自に事故などが起きない場合は正式にガンダムマイスター確定と言われている。
残りの一機であるエクシアにはリヒテンダールより少し後ろを歩くラッセが第一候補だったのだが、突然にヴェーダは刹那をマイスター候補の筆頭に上げてきた。
行列にちゃんと並んでいたのに目の前に割り込まれた気分に違いない、と主張するリヒテンダールにラッセは苦笑する。

武力介入の活動を始めるために、その先頭をきる母艦プトレマイオスはほぼ完成しており、ラッセとリヒテンダールはその操縦を任されることとなるだろう。
それもまた重要な役目だとラッセは知っているからこそ、ソレスタルビーイングで仲間として友人になったリヒテンダールの心遣いに嬉しい反面、苦笑せざるおえないのだ。

「リヒティもヴァーチェとエクシアの模擬戦を見ただろ?ヴァーチェの作ったGNフィールドに真正面から向かうなんて俺には無理な発想だ」

「あれは俺も驚きましたけど、まぐれと…か…」

行き先の十字路の右側から現れた160センチにも満たないであろう小柄な少年が現れたことにリヒテンダールは言葉を濁らせる。

現れたのが他の誰かであったならば、リヒテンダールは冷や汗を流すことなどなかったであろうが、たった今話題にしていた刹那が目の前に現れれば居心地が悪いのは必須だった。
距離からしてリヒテンダールとラッセの会話は刹那の耳に届いていたはずなのだが、刹那は感情の見えない表情で意志が強そうな瞳だけで手前のリヒテンダールを見上げる。

「リヒテンダール・ツエーリ。ラッセ・アイオン」

リヒテンダールの後ろにいたラッセに視線を移し、二人の名前を言い終えると刹那はそのまま去っていこうとしたが、彼の首根っこを掴む手があった。

「待てよ、刹那」

行動を遮られた刹那は仕方なく足を止める。

「リヒティ」

刹那を捕まえたロックオンに名前を呼ばれてリヒテンダールは両肩を跳ね上げた。
おそらく、いや、絶対にロックオンはさっきの話を聞いていただろう。ロックオンの顔を直視出来ない。

「ガンダムを動かすには覚悟がいる。刹那にはその力がちゃんとあるぜ」

声色も口調も責めているものではなく、リヒテンダールがおそるおそる顔を上げれば、片方の眉を下げながら苦笑しているロックオンがいた。

「それは、分かってるつもりっす」

刹那と同じ歳だったり、それ以下の年齢である子供も多くはないがソレスタルビーイングに参加している者はいる。マイスターの候補にはそんな子供は今までいなかっただけで。
それぞれの形は違えど、覚悟を持って此処にいることは戦争根絶を目指す同志として認めているつもりだ。

「なら、陰口は良くないのは分かるよな。噂話もしなさんなとは言わねぇけど」

「す、すみません」

「俺じゃなくて此奴にな」

ロックオンの親指が指すのは刹那で、リヒテンダールは刹那に向き直る。

「ごめん、刹那」

「…気にしていない」

視線だけ横にずらしながら刹那はぽつりと漏らす。

リヒテンダールは刹那を紹介されてから、その年齢にも驚いたが何よりも取っ付きにくそうな雰囲気を感じ取っていた。
けれど、今は何故だか小動物のようなイメージを抱いてしまうのは謝罪されることに刹那が慣れていない反応を返したからだろうか。
良い子なのだということは分かって、リヒテンダールは先程の自分の発言に反省し、眉を下げながら笑った。

「そう言えば、刹那、何かいつもと違わないか?」

和解出来たところでラッセがリヒテンダールの真横まで来てそう言う。
言われてみてリヒテンダールも改めて刹那を見直し、何かが違うと言うラッセに同意するが何が違うのか直ぐに分からず、もやもやと首を傾げた。
そんな二人の様子をロックオンは楽しそうに眺めており、ロックオンは刹那がいつもと違う何かを知っていると見えた。

三人の大人に囲まれながら、現在自分が彼らの話の話題になっていると正しく理解している刹那は動こうにも動けず。
ロックオンが二人の反応を楽しんでいることから彼から説明はされないと判り、刹那が自分で言おうとしたところで、女性特有の高い声が刹那の後ろから聞こえてきた。

「ロックオンと刹那帰ってきたんだぁ、頼んでたの買ってきてくれた?」

「ああ。これで良いんだよな」

ラッセとリヒテンダールが進んでいた通路の向かい側から栗毛色の髪を一つに結んでいるクリスティナが顔を出す。
ロックオンが手にしていた艶のある小さな紙袋を差し出すと、クリスティナはパッと顔を輝かせて紙袋を受け取った。

「そうそう、ここのブランド!香水の色は黄金色のやつ選んでくれた?」

「バッチシな」

「有り難う、ロックオン。刹那もね」

クリスティナからお礼を言われた刹那は、香水については殆どロックオンの後を着いて行っただけだったので首を左右に振ったが、クリスティナは細かいことは気にしないとばかりに笑顔を振りまく。
そして、クリスティナもまた刹那がいつもと違うことに気付いたようで矯(た)めつ眇(すが)めつ眺めて一層笑みを緩ませた。

「刹那、今日はお洒落さんだね。似合ってるよ」

「……」

反応に困った刹那は少し俯いたまま無言になったが、クリスティナは初々しいなぁと益々微笑ましくなる。

「クリスは刹那がいつもとどう違うのか分かったのか?」

ラッセはクリスティナに想いを寄せているリヒテンダールが先に声を掛けるのを待ったのだが、想い人を目の前にして固まっているリヒテンダールにそれは酷だと分かって先に疑問を口にした。

「分かるよぉ。凄い目立つじゃないこの赤いターバンストール」

言われてやっと気付き、ラッセは引っかかりが取れて内心すっきりした。
謎が解けたせいか、ロックオンが残念と肩を竦めているのを見て、割といい性格をしていると分かったのも収穫だったと思っておこう。

「それにしても。懐かれてるね、ロックオン」

声色に羨ましいと乗せて言うクリスティナの視線を辿れば、クリスティナにどう反応を返せば良いのか分からなくなった刹那はラッセとクリスティナが会話を交わしている間にロックオンの背後に身を寄せていた。
流石にロックオンの服を掴むだとか子供っぽいことはしていないが、生真面目な印象がある刹那が誰かの後ろに身を隠そうとしているのは珍しいものがある。

「懐いていない」

クリスティナの発言は刹那の自尊心に触れてしまったらしく、単調ないつも通りの声色ながら咄嗟にロックオンから距離を取ってガンダムが収容されている格納庫へと速めの歩調で去っていたのが刹那の感情を如実に現していた。

「クリス、あのお年頃は複雑なんだからな」

「でもロックオンも満更じゃないんでしょ」

「言ってくれるねぇ」

世話好き以外の理由に辿り着いているらしいクリスティナの口振りにロックオンは負けじとどうとでも取れる言葉を口にする。

ロックオンは女性にも優しく接するが、手を出したとかそういう噂は一つも無く、クリスティナもロックオンの人柄を知りつつあるので間違った行動には出ないだろうとこの話は終わりにすることにした。

「じゃ、これ有り難う。ロックオン達も頑張ってね」

クリスティナはもう行かないとオペレーター召集時間に遅れてしまうと、香水のお礼をもう一度言ってから三人に手を振って行ってしまった。
残された三人の中、一人だけ沈んだオーラを出しており、ラッセはリヒテンダールの肩に手を置く。

「お前な、緊張するのは分からないでもないが落ち込むくらいなら何か話せばいいだろ」

「ですよね…ロックオンが羨ましいっす」

「俺が?」

「女の子とも普通に話せるし、フェミニストだし」

愚痴なのか褒められているのか微妙なそれにロックオンは失笑しそうになるのを押さえて吐息する。

「本気になるとそうも言ってられないけどな」

ロックオンの口から出た台詞だとは思えず、ラッセとリヒテンダールはロックオンに視線を戻したが、既にロックオンの後ろ姿しか見えなかった。

振り返らずに二人に手を振るロックオンの行き先は刹那と同じである。
































『brag』嘯(うそぶ)く。

ロックオンの持っていたマフラーは00Pで巻いていたマフラーと仮定したんですが、300年後にウールはご健在なのか…。



更新日:2008/12/17


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