◆RESTFUL◆









沙慈に指摘された言葉に刹那は気付いて視線を沙慈から落とした。
笑えたという事実に笑っている男の顔が蘇り、彼に自分は笑えたらしいと心の中で告げて再びダブルオーのハッチから顔を上げて沙慈を見上げる。

「笑うさ。嬉しいことがあれば誰だって」

アレルヤが無事に見つかったのだ。今度は間に合ったと胸を撫で下ろして、同時にあの時は間に合わなかったと遠く思う。

刹那はふいに沙慈から視線を外していつもの無表情に戻ると機体の修理を再開するように施した。
沙慈は刹那の様子の変化に気付けないまま仕事だと割り切ってツインドライヴがオーバーロードした原因と修正する個所を端末に表示させる。

刹那と沙慈から少し離れた場所で数人の整備士に指示を飛ばしていたイアンは自分もダブルオーの修理に戻ろうとした時に、二人の会話を聞き入れて重い息を吐き出した。
アレルヤも無事に見つかったことだ、アロウズも痛手を負っているのだから直ぐに襲撃される心配は無いだろうと判断してイアンは沙慈に近寄り、ぽんとその肩を叩いて刹那に声を掛ける。

「刹那、ちょっと此奴借りてくな。アリオスの方の準備もしておきたい」

「ああ」

特に気にした素振りも見せず、刹那は沙慈に手渡されていた端末から顔を上げてイアンを視界に入れると頷き、端末を手にしたままコクピットに乗り込んでGN粒子の散布に異常がないかキーを叩いていく。
首をイアンの腕にホールドされた沙慈は今し方、刹那と機体の調整に取り掛かれと言われた直後であった為に不思議な顔をしてイアンを振り返る。

「な、何なんですか、いきなり!」

「人手が足りないって言っただろ?アリオスの損傷も激しいはずだからお前さんはそっち手伝え」

「今度は何をすれば良いんですか?」

人使いが荒いなと思いつつも、沙慈にはカタロンの人達を多く死なせてしまった負い目のためにイアンの言葉に従おうと指示を仰いだ。

「まぁ、そこら辺の奴に聞いてくれ」

「え?ちょっと!」

イアンは沙慈を自分の前に押し出し、その両肩に後ろから手を置いて二回叩いて「俺は忙しいから」と去っていく。

「そこら辺のって…全然知らない人ばかり」

おそらく相手も自分のことなんか知っていそうにないのに、自己紹介からしてたら余計に整備に手間が掛かるのではないかと沙慈は肩を落とす。
突っ立て居るだけというのも気が引けて沙慈は輪になって話し合っている整備士達に足を向けることにした。







イアンは適当な場所まで沙慈を刹那から引き離し、自分はダブルオーへと戻っていく。
先程まで沙慈が立っていた場所に立ち、開いたハッチからキーを打ち続けている音が聞こえてきて変わりないかと軽い息をゆっくりと吐き出した。

「刹那ー、そっちは一段落しそうかー」

少し大きめの声で呼び掛ければ、キーを打つ音が止んで暫くして刹那がコクピットからハッチへと顔を出す。

「ツインドライヴの粒子散布率が低い」

「ドライヴそのものは先に修理したが、詰めが甘かったか?」

イアンは端末を見せてくれと手を差し出し、刹那はハッチまで出てくると端末をイアンに手渡す。
端末の画面には刹那が何度か試しに起動したツインドライヴの粒子散布量が表示されている。それを確認したイアンはまだトランザム使用後の劣化状態が続いているのかもしれないと判断した。

「これはトランザムを使用してから大分時間は経っているが、オーバーロードしたせいでGN粒子が規定量を散布するのに時間が掛かるのかもしれんな」

「手の施し用は無いということか?」

どことなく名残惜しげに刹那がダブルオーを見上げるので、イアンは苦笑しながら自分もまたダブルオーを見上げてから、刹那の頭を見下ろす。

「今んとこな。お前さん休憩無しだっただろ、ダブルオーも休ませてやれ」

単純に休めと言っても刹那はダブルオーに付きっきりになってしまうだろうと、あえてダブルオーの名を出せば刹那はダブルオーからイアンに視線を移す。

刹那があまりにもガンダムの側を離れようとしないから、何時だったかエクシアに人間の比喩を使うことを始めたのはデュナメスのマイスターだった。
最初の頃はMSに何を言っているんだと思いつつも、整備をしているイアン達から見れば大切にして貰えているんだと実感出来るもので。

意識して言ったつもりはなかったが、きっと刹那は無意識の意図に気付いてしまっただろう。

「俺は大丈夫だ。沙慈・クロスロードを整備から外す必要は無かった」

「それでもな。失った奴を思い出すことは辛いことが多い」

刹那は視線を少し落として首を左右に振った。
ロックオンであったニール・ディランディを思い出すのはイアンの言うとおり辛いことが多いのは確かだった。
けれど、そうじゃないと刹那はイアンを見上げた。

「俺はアレルヤが無事だと分かって笑えたんだ。笑うことのきっかけをくれたのは彼奴だったから、笑うことを忘れていなかったんだと嬉しかった」

「刹那、お前」

「ここは彼奴がいた世界だと生きていて実感出来るのは、そんな時だ」

眉を下げて目元を緩ませる表情にイアンは困ったように笑う男の顔が思い出された。
似ていないのに、誰より近くてその面影を色濃く継いでいるのは果たして刹那のためになるのだろうかと考える。

だが、答えなど出ないだろう。そして数式のように一つだけの答えなど存在しない。

「デュナメスの太陽炉との組み合わせもやってみたかったんだがな」

「いや。これが良い」

エクシアと0ガンダムで良いのだと言う刹那にイアンは「どうしてだ?」と訊けば、刹那は0ガンダムの太陽炉を見つめて息を吸い込んでから。

「エクシアはデュナメスと共に戦った。0ガンダムは俺を彼奴と引き合わせてくれた。それで十分だ」

デュナメスの太陽炉を自分に縛り付けたら、ロックオンは安心しないだろうと刹那は考える。
イアンは刹那には刹那だけが思うところがあるのだろうと、エクシアと0ガンダムで十分だと言った真意は分からなくとも、それだけは理解出来た。
そして、きっとダブルオーは幸せだろう。












アリオスの損傷がどの程度が見てみないことには判らないし、ダブルオーの方が人手不足だろうと言われて沙慈は来た道を戻っていた。
昔から周りに振り回されっぱなしだなと自己嫌悪したり沈んだり、ルイスのことを思い出して少しだけ気分を浮上させたり、また沈んだり。

タブルオーの横姿が見えるところまで来た沙慈は刹那と話し合っているイアンの姿を見つけて何と言おうか迷っている間に二人の会話が耳に流れ込む。
機体の整備の話ではないことは確かだが、会話は分かっても内容が何なのか掴めないまま二人に近付いて行けば、刹那が先に沙慈を振り仰ぎ、次いでその視線を追い掛けたイアンが沙慈に視線を向けた。

「あ、あの。向こうは人手が足りているから、こっちに戻れと…」

「あー、そうか。戻ってきたところ悪いがひとまず休憩だ。ダブルオーが自力で回復してくれんと作業が進まん」

ガンダムが自力で?と沙慈は変な顔をしたが、イアンは気にするなと沙慈を引っ張って先に飯でも食うかと食堂に矛先を向けてから刹那を振り返る。

「刹那、お前はどうする?」

「もう少し此処にいる。アレルヤの無事を確かめたい」

「そうか。じゃあ、また後でな」

「ああ」

イアンと沙慈の姿が見えなくなったところで刹那は回収されてくるセラビィーとアリオスを抱えているケルディムの深緑色を振り返った。












「さっきから何か振り回されてばかりのような気がするんですけど」

「気がするだけだろ?」

イアンという男は割と自分のことを気に掛けてくれているように感じていたが、これも気がするだけだったのだろうかと感じつつ、疑問に思っていたことをそれとなく訊ねてみようかと沙慈はイアンの背中を追い掛けながら口を開いた。

「刹那と誰かのこと話していたように思ったんですけど、機体のこと話していたんですか?」

ガンダムを人間みたいに扱っていたことから、最初は機体の話ではないと思っていた沙慈はそれは間違いだったのだろうかと考え始めていた。
しかし、直ぐに答えは得られずにイアンは歩きながら沙慈を振り返り、こちらからも問い掛ける。

「お前さんはガンダムを人間みたいに扱うのどう思う?」

「え?まぁ、電子ロボットなら名前付けたりしてペットとかにするんでしょうけど、ガンダムは…兵器、ですし」

一度言い淀んだが、沙慈の中にある根底は変わらず、イアンもガンダムが兵器であることはとうに理解していたから「そうだな」と頷き、続ける。

「ガンダムを人間扱いし始めたのは俺でも、整備士達でもない」

「刹那ですか?」

想像が付かないと思いつつも言ってみれば、イアンは苦笑したのでやはり違うらしい。

「それも違うな。前に刹那が乗っていた機体は見たことあるよな?」

「はい」

「刹那はそのガンダム、エクシアの側から離れることがあまり無くてな、戦っていない時ぐらいエクシアを休ませてやれって言った奴いるんだ」

ガンダムは戦うだけじゃない。戦場じゃない場所でゆっくりさせてやれと言うのは、MSに似つかわしくない言葉だった。
それでも、沙慈は少しだけ、その言葉は優しいものだと感じた。

「…その人のことを話していたんですか?」

「奴はもういない」

「ッ」

弾かれるように顔を上げた沙慈を、イアンは立ち止まって振り返る。

「戦いは沢山のものを無くすだろう。一人の世界は小さいが、誰かが死んでも世界は止まらないんだ」

自分だけが幸せならそれで良いのか。
以前、刹那が言った言葉が蘇り、沙慈は胸にある指輪を服の上からそこにあることを確かめる。

「だから、意志を背負う」

再び歩き出したイアンを沙慈は黙って追い掛けた。
温かい場所は過去に消えて、代わりなどないから未来を目指そうと心に誓う。






















『restful』安らぎを与える。

そういえば、トランザムの仕組み知らないと思ってちょっと検索。
通常の三倍の威力を発揮していたんですね。成る程、だから赤いのか←違うはず
ツインドライヴの話は書いてみたかったので消化できて良かった。



更新日:2008/11/17


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