◆NEXT DOOR◆









プトレマイオスの展望室で見知った後ろ姿を見つけたロックオンは声を掛けて、手を伸ばしていた。

あまり言葉を交わした記憶は無いが、その少女が涙を流していたところを目撃してしまったロックオンは持ち前の性格故に相手が話しやすいように声を掛ける。
男は女の涙に弱いものであると、ひとりで納得した。

「優しいね・・・」

「女性限定でな」

ロックオンに寄りかかり、フェルトは大きな手に頭を撫でられて心が落ち着いていくのを感じていた。
お兄ちゃんが出来たみたいである。

すると、突然扉が開いた。

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

琥珀色の瞳は一度瞬きし、扉を閉めた。
ロックオンの顔は引きつっていた。

















「刹那、ロックオンは居たかい?」

「居た」

「伝えてくれた?」

「・・・すまない。アレルヤから言っておいてくれ、そこの展望室に居たから」

「え?あ、うん。いいけど」

アレルヤの横を通り過ぎた刹那はそのままエクシアにて待機するだろう。
その小さな背中をアレルヤは一度だけ見送って首を傾げたが、刹那が示した展望室へ向かい、扉を開けた。

「ロックオン、・・・ッ」

一度声を掛けたが、アレルヤはきびすを返す為に後ろを向いて自分の非を詫びる為にもう一度口を開いた。

「失礼ッ」

「ご、誤解をするなッ」

未だにロックオンはフェルトを寄り添わせたままの姿勢で固まっていた為に、アレルヤにもいらぬ誤解を持たれようとしていた。

「アレルヤ・・・誤解。ちょっと相談にのってもらってただけだから」

「そ、そうかい?僕はてっきり」

再び二人に視線を戻したアレルヤはしかし、言い淀むように下を向く。

「てっきりって何だよ」

「ロックオンが浮・・・気を・・・・・・」

視線を逸らした先は刹那が去っていってしまった方角で、彼があの状況を見たのなら何となく予想がついた。
アレルヤは一つ溜息を吐く。

「いえ、何でもありませんよ。それで・・・」

今、プトレマイオスが人革連に包囲されつつある事実を説明し、ミッションの内容を伝えたアレルヤは二人よりも先に出撃する。
デュナメスはまだ整備中であるため、直ぐには動けないのもある。

展望室を出ていったアレルヤに一歩遅れてロックオンとフェルトも部屋を出る。
通路で去り際にロックオンはフェルトに声を掛けた。

「生き残れよ」

「・・・・・・うん」

フェルトは返事をしたものの、何かを言いたそうにロックオンを見上げた。

「ん?何だ?」

「・・・・・・・・・刹那・・・良いの?」

「へ?」

まさかフェルトに知られているはずは無いとロックオンは固まった。
しかし、言葉が少なくとも、フェルトの言わんとすることは分かる。

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・あ〜、バレバレですか」

「・・・・・・・・・」

「ま、ちゃんと説明すれば分かってくれるだろ、刹那も」

「・・・そうだと良いね」

「そうだな、じゃ、頑張れよ」

「うん・・・」

刹那よりも年は下だが、彼よりも若干背の高い少女の背中を見送る。
彼女も大きなものを背負っており、口数が少ないところも刹那とダブらせてしまっていた。

無意識のうちに。

フェルトにも少し悪いことをしたな、とロックオンは重くなりそうな足取りを持ち上げる。
生き残ってからが本当の勝負だなんてのは御免だ。






















人類革新連盟は社会主義を掲げており、生産手段の社会的所有を土台とする社会体制を目指している。

その人革連はガンダムを手に入れることで、新たな生産手段の確保をしようとしたのだろう。
更に、ユニオンやAEUと比べて人革連の技術面は遅れている為、ガンダムで補おうとも思ったのかもしれない。

人革連の通信不能エリア探知により、ガンダムの居場所を割り出されてしまったが、人革連のガンダム鹵獲作戦は失敗に終わった。

無事に人革連から逃れたソレスタルビーイングは宇宙を再び漂っていた。
プトレマイオスの食堂だけは凍えるように寒かったが。

勿論、気温の問題では無く、刹那が纏っている空気が、である。

「あの・・・刹那君」

「・・・・・・」

睨まれ、ロックオンは口を閉ざした。
代わりにミルクの入ったコップを刹那に差し出してみる。

更に眉間に皺を寄せた刹那に逆効果だったかとロックオンは冷や汗を流すものの、刹那はコップを手に取り、一気に飲んだ。
ヤケ飲みだろうか。
それなら嫉妬してくれたのかと嬉しくもなるが、ミルクを飲み終え、口元を拭って此方を見る瞳は恐かった。

刹那は既に食を終えているが、まだだったロックオンとアレルヤは現在食を摂っており、ロックオンがエクシアの整備をしようとしていた刹那を無理矢理連れて来たのだ。
それが余計に彼を怒らせている原因の一つでもあるのだが、悩みの種は直ぐに取り除いてしまうに限る。

そんなロックオンと刹那のやり取りにアレルヤは小さく溜息を吐く。
向かい合う彼ら。ロックオンと一つ席を開けて座っているアレルヤは食べ物を口に運ぶ。

不味くは無いのだが、空気が不味い。

「刹那、誤解なんだッ」

「・・・何が」

「いや、何がってお前ッ」

「何か見られたら不味いことでもしたのか?」

「・・・い、いえ、そういうわけではありません」

アレルヤは夫婦喧嘩みたいだなと思うことで心にゆとりを持たせようと努力をし始めた。

「そうか・・・」

そう言って席を立とうとした刹那の腕を掴んでロックオンは彼を留まらせる。

「待った!」

「放せ・・・」

「駄目だッ」

「用件は終わった」

「お前の中で終わってても、俺には終わってないんだよッ」

「だから?」

「・・・・・・ッ」

刹那の瞳の中を覗き込んでも、その色は何も伝えてこない。否、閉ざしている。

これでは何を言っても無駄かと、ロックオンは刹那の腕を放した。
しかし、放された瞬間の顔を俯いたロックオンは気付かずに、二人を見守っていたアレルヤだけが刹那の変化に気付くが、声を掛けられる雰囲気では全くなかった。

そのまま刹那は食堂を出ていく。

エクシアに会いに行こうと格納庫に向かう途中で刹那は誰かとすれ違ったが、その瞬間には誰か把握していなかったが、通り過ぎた後に後ろから呼び止められた。

「おい」

「・・・・・・」

「ッ・・・・」

無言で振り返った刹那の顔にティエリアは眼鏡の奥の目を丸くした。
いつもと何か違ったので、気紛れで声を掛けたものの、続く言葉は直ぐに見当たらなかった。

「何だ?ティエリア・アーデ」

「・・・聞きたいのは俺の方だ。刹那・F・セイエイ」

「だから何だ」

「そんな顔でエクシアの整備をさせてもらえると思っているのか?」

「・・・・・・?」

顔がどうかしているか?と刹那は片手で自分の頬などを触る。
明らかに自分の表情と感情を掴めていない者の反応にティエリアは眉を寄せた。

「・・・君はもう少し自分のことを理解することだ。それが出来なければガンダムに乗る資格は無い」

「・・・・・・」

ティエリアこそコードネームと性別以外は謎だらけではないかという視線を送れば、ティエリアは鼻を鳴らして、もう刹那に用は無いとばかりに自分の目的地へと足を進めた。

通路の真ん中に残る刹那はエクシアの元に行くか一度悩むが、やはり今、会いたいと思うのはエクシアであり、再び格納庫へと進む。
格納庫の入り口で見知った姿を発見した刹那は彼女の横を何事もなく通り過ぎようとしたが、呼び止められる。

「刹那・・・」

「・・・・・・」

フェルトは刹那が此方に視線を向けてくれたことに小さくホッと息を吐いた。
無視されてもおかしくはないから。

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

しかし、フェルトは言葉を続けられなかった。
言葉を探しているのだ。

元々口数の少ない二人は見つめ合ったまま微動だにしない。

















「・・・貴方は何をしているんですか?」

呆れた口調のティエリアが見据える先には、椅子に体育座りで座っている、というより乗っているロックオンが居た。
これがガンダムマイスターのリーダーだとは思いたくもないと溜息を吐き出す。

ティエリアはマイスターの中で一番ロックオンを認めているのだが、考えを改めた方が良いかもしれない。

「気にするな。ちょっと精神的ダメージを狙い撃たれただけだからさ」

「・・・刹那・F・セイエイなら格納庫に行きましたよ。おそらくですけど」

「見掛けたのかい?」

ティエリアの言葉にアレルヤが問い掛ける。
すると返ってきたのは彼らしくない行動だった。

「すれ違い様に声を掛けてみただけだ」

「珍しいね、ミッション以外で君から刹那に話し掛けるなんて」

「別に。気が向いただけだ」

何でもない風を装うティエリアが此処まで来ている時点で十分珍しいとアレルヤは思う。
ティエリアに仲間意識があるかどうか不安であったが、自分が思っている程、彼は非情な人間では無かったようだ。

これが本人に知られればバーチェに背後からキュリオスは撃たれるだろう。
そう思うとゾッとした。

「で、食事も摂れないようなら、追い掛けたらどうですか?」

ティエリアは最後にロックオンへ、そう一言残して食堂から去っていった。
特にドリンクを取りに来るついででも無かったという事実にアレルヤは微笑む。

「・・・ロックオン?」

突然顔を上げて真っ直ぐに前を睨み付けているロックオンを不思議に思い、アレルヤは声を掛けてみる。

「ティエリアにもバレてたのか・・・」

「・・・今更ですよ」

















ロックオンが格納庫に向かえば、格納庫の入り口で目的の人物を見つけて片手を上げて声を掛けようとしたが、刹那の目の前にフェルトがおり、手を下ろす。

何処の昼ドラのシチュエーションだ。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

見つめ合っているだけの二人。
何故だかロックオンの胸にモヤモヤとしたものが渦巻き始める。

「よぉ、お二人さん、何してるんだ?」

ロックオンは前屈みに刹那の肩に腕を乗せて二人の目線と合うようし、おちゃらけた感じに話し掛けた。

「・・・・・・何も」

「・・・・・・・・・何もしてない」

刹那もフェルトも謎の答えを返す。
二人で向き合っていながら何もしていないわけないだろうと思うのだが、二人が嘘を言っているようでも無い。

「じゃ、いつからこのままなんだ?」

「・・・・・・三十分くらいだと思う」

「そうだな・・・」

フェルトの言葉に同意した刹那を見てロックオンは暫し考え込む。
お互い言葉が見つからなくてずっとこのままだったということだとすれば、二人のコミュニケーション能力が心配になる。

「で、どっちがどっちを呼び止めたわけ?」

「私が刹那を呼び止めた」

「呼び止められた」

「フェルトは刹那に何を言うつもりで?」

「・・・・・・・・・」

眉間に皺を寄せたフェルトは上手く言葉が見つからずに考え込む。
暫く待っていると何か見つかったのか、フェルトは口を開いた。

「・・・・・・ロックオンとは何でも無い」

「・・・・・・それは、俺泣いて良いのかな?」

「・・・分かった」

「いや、刹那、お前もうちょっと食い下がれよッ俺の時はあんなに散々!」

「あんた以外の言葉は信じる」

刹那はロックオンの腕を振り払って格納庫の扉の中に消える。
その後ろ姿にロックオンは頭の後ろで腕を組んで溜息を吐く。

「ったく、何なんだよ、彼奴は」

「刹那、さっきと表情違う。分かってくれた」

「へ?」

「良かったね、ロックオン」

「あ、あぁ」

フェルトは微笑んで、自分の持ち場であるブリッジへと帰っていく。
その後ろ姿は少し軽く見えた。



【ロックオン、ロックオン】

格納庫の扉が再び開き、オレンジ色のハロを抱えた刹那が顔を覗かせた。

「ハロがエクシアに群がっているからどうにかしてくれ」

ハロを邪険に扱えないのか、刹那は眉尻を下げた表情でロックオンを見上げた。

「ハロも整備したいんだ、ちょっとは大目に見てくれよ」

ロックオンは刹那の頭を撫でながら共にエクシアに向かう。
頭を撫でられたことに不満そうな刹那の顔を見ては心が落ち着いて安心できた。

願わくば、共に。

















◆後書き◆

『next door』隣に
お互いの心の中に、隣の存在が居る
っぽいイメージ・・・・・・です。

短編は初になりますね♪
ちょっとアレルヤが受難になってしまって、申し訳ないw

更新日:2007/12/04


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